ジェノサイド

世界 日本 雑記

Vol.2-2.19 402   ジェノサイド
2021.2.19

ジェノサイド(大量虐殺)

言わずと知れた中国によるウイグル族の弾圧で一躍注目をあつめている言葉だ。
ジェノサイド条約が1948年にすでに採択された条約があったことを初めて知った。

ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)は、集団殺害を国際法上の犯罪とし、防止と処罰を定めるための条約。とある。

現在152か国が批准するが、日本は国内法の関係で未加盟である。
つい最近米国が、中国のウイグル族弾圧をジェノサイドと認定した最初の国となった。

そのジェノサイド条約とは、前文及び19カ条から成る。
その一部だが、

<締約国の義務>(第1条)
締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを防止し、処罰することを約束する。

<ジェノサイドの定義>(第2条)
この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。
(a) 集団構成員を殺すこと。
(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

<処罰する行為>(第3条)
次の行為は、処罰する。
(a) 集団殺害 (ジェノサイド)
(b) 集団殺害を犯すための共同謀議
(c) 集団殺害を犯すことの直接且つ公然の教唆
(d) 集団殺害の未遂
(e) 集団殺害の共犯

何故、日本が加盟に二の足を踏んでいるのか。
ジェノサイド法では「集団殺害の扇動」も対象であるが、日本の国内法では扇動だけでは処罰できない点などが未加入の理由とされる。
加入には刑法の大改正が必要になるということだ。

先進7か国に中国なども加盟している。
外務省幹部は未加盟の現状を
「ウイグル問題をジェノサイドと認定しているのは米国のみだ」
、、、それがどうした
「仮に日本が条約に入ってもウイグルでの人権侵害は止まらない。状況改善のために日本として何ができるかを考える方が大切だ」とのたまわった。

バカ言ってんじゃない。日本が条約に入ればウイグルでの人権侵害は止まるなんて誰も考えていない。
官僚の偉そうな物言いに頭に来るが、じゃあ問いたい「外務省は何ができると考えているのか?」

中国の残虐行為に、何か強いメッセージを出したことがあるのか。弾圧はつい最近の話ではない、もう数年間続いているのである。じっくり考える時間はあったはずだ。メッセージを出せばいいではないか。

改めて聞く
“ 外務省よ 聞かせてくれ ” 日本に何ができるのだ。

主体的に動けないくせに、加盟には国内法の改正等、膨大なプロセスを踏む必要があることはわかる。しかし、膨大な事務負担を忌避するが故、国家としてやるべき仕事に躊躇があらば、国家公務員、それも国家の中枢を握る官僚としてあるまじき心理である。

先進7か国、世界152か国が批准しているのである。ボーダレスの世界にあって、日本が加盟できない事の意味を世界に向け堂々と発信できる哲学があれば、それはそれで立派なことである。しかし、それすらもなく姑息な言い回しで責任回避は日本国家の恥である。

一時、政治主導が叫ばれたが、相も変わらず心なき官僚主導の政治である。

ジイが日本を代表して謝る。
ウイグルよ、チベットよ、日本は己の保身にしかまだ目がいかない。経済は発展したが、心は逆に退化した。国の在り方や歴史や独自の文化を守るどころか、己を見失い根無し草になったようだ。

ほんの150年前にはあった心意気が変節し、日本の今を見つめる目も、将来を展望する主体的な動きもできず、目先の小さなことに右往左往する悲しい姿は、ガラスの容器にいるモルモットのようだ。

日本は何もできない、いずれ沈没する。
軽蔑の目で沈みゆく日本を見て笑ってくれ。
、、、もう嘆きしかない。