願はくは花の下にて春死なん

日本 雑記

Vol.2-3.24-435    願はくは花の下にて春死なん
2021.3.24

今年はいつになく桜のたよりが早い。

東京ではすでに満開となったところがある。宴会も酒も禁止、静かに桜の下を歩くだけである。なんという寂しい花見であることよ。
恨んでも恨みきれない「憎っくき新型コロナウイルス」である。

2010年4月25日に “ 花にあこがれ 花に狂う ” 歌人『西行』が「別冊太陽」(平凡社)に特集された。
まさしく花の歌人だった。そこからいくつか拝借し“ 花見 ” としたい。

文字通り花の歌人西行は、桜の季節になると心が物狂おしく騒ぎ出したようだ。
吉野山を忘我の境地でさまよい歩き、花に命をあずけて歌を詠んだ。、、、とある。

なにとなく春になりぬと聞く日より 
心にかかるみ吉野の山

・・・春が立ったと聞いたその日から、どういうわけか吉野山が気になって仕方がない。
もう霞はたっただろうか、花は咲いただろうか、と。

吉野山こずゑの花を見し日より
心は身にも添はずなりにき

・・・吉野山の花をはるか遠くから望み見たその日から、
私の心は花でいっぱいになって落ち着かない。

あくがるる心はさても山桜
散りなんのちや身に帰るべき

・・・花が咲けば心が浮かれ出る、もうそれは一生治らないとしても、
せめて山桜が散ってしまったあとには、我が身に帰ってきてほしいのだが。

吉野山こぞの枝折(しをり)の道かへて
まだ見ぬかたの花を尋ねむ

・・・吉野山では去年も花見をした。その時にも深く分け入って枝折なくしては帰れなかったが、
今年はまたあらたに枝折をつけて、まだ見ていない方角に花を尋ねよう。

ながむとて花にもいたく馴れぬれば
散る別れこそ悲しかりけれ

・・・ずっと見続けてきて、花にもひどく慣れ親しんだ。
だから見るだけだったのに、花が散るという別れが来るのは何とも悲しい。

花に染む心のいかで残りけん
捨て果ててきと思ふ我が身に

・・・花の色に心が染まるほど花のことばかり考えている、
そんなにも花に執着する心がどうして私の身に残ってしまったのか。
出家の時には、あれほど念入りにすべての執着を捨て果てたと思っていたのに。

もろ共に我をも具して散りね花
憂き世を厭ふ心ある身そ

・・・散るのなら私も一緒に連れて散ってしまえ。
花よ。私にはこの憂き世を厭離する心がある。
お前と生死をともにする資格があるのだ。

春風の花を散らすと見る夢は
覚めても胸の騒ぐなりけり

・・・春風が花を散らすと見た夢は、見ている間も苦しかったが、
覚めてからも胸騒ぎが治まらない。

西行は吉野山が花見のお好みの場所だった。
私も大阪にいた時、会社の仲間たちと吉野山へ花見にいったことがある。若かりし頃で、ただ美しいと感じただけにすぎない。和歌の一つも知っていればさぞ見る目も違っていたかと思うが、、、懐かしく思い出す。

この吉野山には3万本と言われる山桜がある。下・中・上・奥と順々に咲く、まさに山桜の聖地である。

よく言わる、「吉野の千本桜」と称されることがあるが、” 一目に千本見える豪華さ ” という意味で「一目千本」とも言われる。何しろ山全体が桜だ、凄いというほかない。花を愛した西行が酔いしれたのも当然のことと思える。

そこで、超有名な和歌をもう一句。

願はくは花の下にて春死なん
その二月(きさらぎ)の望月のころ

・・・私は春、釈迦入滅の二月十五日のころに、満月の光を浴びた満開の桜が、
私と私の死を照らし出さんことを。

これだけ花を愛した西行だからかもしれない。
願い通り、建久元年2月16日の末の刻73歳で弘川寺に入寂した。とある。
出家の身とは言えうらやましい人生である。

桜の歌は数多くある。今年も花見は近くに散歩がてら楽しむことになろうか。
そんな時、ちょっと口ずさめば平安の歌人に思いを馳せることができるかもしれない。

うき世には 留めおかじと春風の 散すは花を惜しむなりけり・・・西行

世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし・・・在原業平

あおによし 奈良の都は咲く花の にほふがごとく今盛りなり・・・小野老

古の昔から花と言えば桜である。、、、今年は土手に腰かけてじ~と見ていたい。そんな気がしてきた。