沈黙の香港

世界,日本,雑記

Vol.2-5.12-484     沈黙の香港
2021.5.12

「香港国家安全維持法」が施行されてのが2020年7月1日。後1カ月で1年になる。

今、香港は極めて静かだ。まるでスティーヴン・セガールが撮りそうな「沈黙の香港」と化したかのようだ。

民主活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)、メディア王の黎智英(ジミー・ライ)氏ら名だたる民主派は皆逮捕され収監されてしまった。

昨年、あれほど熱かったメディアも静かになった。しかし平穏な香港に戻ったわけではない。声を出せば塀の向こうの過酷が待っているからだ。

中国政府が香港の民主主義運動弾圧のため「国家安全維持法」を導入してからわずか8カ月。元英国植民地として一定の自治を保ってきたこの地は、中国にほぼ完全な服従を強いられてしまった。

中国共産党は、驚くほどのスピードと強権で街頭の抗議行動を鎮圧、活動家による外国政府への働きかけを禁止し、香港立法会(議会)を無力化、反対勢力の大半を逮捕してしまった。

もうあの光り輝く香港ではない。1年前の香港を想像することすらできない。

中国共産党は、まだ飽き足らないのであろう。反対派を追い出すため、さらに広範な組織変更の枠組みを提示しており、現在の状況が始まりにすぎないことを示唆している。死してなお屍に鞭打つ残虐性は中国の真骨頂ではあるが。

「香港の国家安全維持法に違反する者は、愛国者ではない」が中国共産党の掟となった。

当局は国家安全維持法の広範な規定をさらに厳格に適用し、香港の批判的メディアへの圧力、教育改革、インターネット規制を強化を考えている。

『東洋の真珠』と言われた香港は『沈黙の香港』と姿を変えた。

1989年に天安門広場で抗議活動中の学生らを銃や戦車で打ちのめしたあの惨状そのものである。

香港の反体制派の一部は海外に逃れ、一部は地下に潜った。他の多くは収監されているか、裁判待ちの状態にある。香港の破壊はまだ進行中だ。

昨年11月に導入された国家安全維持のためのホットラインは今も健在で、同法違反行為が疑われる者について匿名で通報する密告システムは拡大している。

国家安全維持法は、「国家分断」「体制転覆」「テロ」「外国勢力との結託」という四つの犯罪を、最高で終身刑に値する行為と規定している。

最後の民主活動家・李柱銘氏に注目が集まっていた。
英植民地時代から香港民主化運動に携わり、民主派政党、民主党の初代主席を務めた “ 香港民主主義の父と ” 称される弁護士・李柱銘氏だ。すでに逮捕収監された黎智英(ジミー・ライ)氏と共に、「民族のくず」と非難され目を付けられていた人物である。

その李氏、昨年逮捕・起訴され、一旦は保釈されていた。その判決が4月16日に言い渡されたのだ。

収監覚悟の李氏に禁錮11月、執行猶予2年という思いがけない刑が下された。

盟友のジミー・ライはすでに収監されている。また、孫ほど若い黄之鋒氏も獄につながれている。
何故、俺だけに執行猶予がついたのだ?という思いがあった。「若者たちが払った代償は大きい。申し訳なく思う・・・」と収監されなかった悔しさを口にした。

まるで日本の特攻隊員が突撃できず、死に場所を得ず生き恥じを晒すとした苦悩に似ている。

判決が出る日、収監されることを想定した出で立ちで裁判所に出向いた。香港民主化の父と呼ばれた自負がある。82歳という高齢ではあるが、覚悟ができていた。ところが「執行猶予付」がついては様にならない。

共産党当局は、収監すれば李氏は民主化のシンボルとして神聖化される可能性がある。地下に潜伏する民主派の再決起を恐れたのであろう。

李氏の名誉を傷つけ、民主化の父の威厳を地に落とす作戦だと思われる。李氏の高齢を考えれば獄中死もある。民主化に積極的だった胡耀邦の死去が民主化を叫ぶ大学生の大規模なデモにつながった天安門の苦い経験が頭をよぎったと思われる。

“ 香港の輝きの源は自由であり、民主である! ” と訴えた民主の父を「無傷」とすることで逆に苦悩の中に追いやった。信管を抜かれた爆弾はただ錆びついて朽ちて行く。その姿を香港市民に見せつけるのも一種の拷問である。

香港は今、不気味な監視社会の下、仮面をつけた人間が行きかう息苦しい空気の中にある。

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