卒業ソング

雑記

Vol.3-13-59  卒業ソング
2020.03.13

卒業生にとって今年の卒業式は悲惨である。
大切な区切りの儀式、思い出は別の意味で特別に残るだろうが、寂しは人一倍であろうと察する。

ところで最近の卒業式では「仰げば尊し」はずいぶん前から歌われなくなったらしい。
時代は変わったのだ。今頃何言ってんの?
昔の価値観と郷愁は捨てろ!!そんな声が聞こえる。

今の時代、学校の卒業式間近の校舎から、風にのって聞こえるのは「仰げば尊し」ではない。
子供たちが自ら選ぶ卒業ソングが歌われる。
最近のベスト5の卒業ソングだがすべて平成16年(2004)以降の発売曲だ。

1、(3月9日)・・・私とあなたで夢を描く・・・ あなたにとって私も・・・・
2、(YELL)・・・ひとりになるのが恐くて つらくて・・・・・だからこそあなたは だからこそ僕らは・・・
3、(旅立ちの日に)・・・君は飛び立つ・・・・ 懐かしい友の声・・・・
4、(道)・・・君と出会い ・・・・キミを忘れない  君と出会えたことで  僕は独りじゃなかった
5、(桜)・・・あなたと誰かのこれから・・・・・君の中に 僕の中に咲く・・・

その歌詞の中には先生も校舎も感謝という言葉もないあなたと私だけだ。

確かに時代は変わったと言えばそれまでだが、いつ頃だったか、教室から教壇がなくなり、運動会で順位をつけなくなった頃ではなかろうか。

今から30年近く前になるかもしれない。
教師は聖職という意識を捨て去り、生徒の友達に成り下がった。
友達が教壇に上がってどうする。という理屈なのであろう。

バカな大人がいたもんだ。教師と生徒は友達?バカ言うんじゃないよ。一人前じゃないから上から目線で教えるんだよ。今じゃ18歳から選挙権があるが、それまでは子供なんだ。子供たちが世間に出ても大丈夫なように命がけで教えるんだよ。

子供を対等と見ようとするところから教育現場は変わった。子供を無理やり一人前の人間として見ようとしたのがそもそもの間違い。
何でも子どもの意見を聞く。教師が自信をなくしたのか、意図して教育現場を変えようとした勢力によって変えられてきたのか定かでないが、間違いなく汚染された団塊の世代が教育現場で実権を握るようになってからの変化であろう。

今回の教科書選定問題をみても、まだまだ、その勢力は教育現場にはびこっているとみていい。
憲法改正反対勢力も通底している。

ところで、卒業ソングだが、現場で君が代を歌わないという問題も含めて、儀式という概念が崩れてきている。
何でもかんでも生徒の意見を入れようとするところから幼児性が入ってくる。当然、儀式という厳かな雰囲気が徐々にではあるが消えて行くことになる。

本来、儀式を通過するところから、少しずつ大人への成長を実感するに至る。
自分の心の中に区切りをつけ、次のステップへと飛躍していくことになるのだ。
その、緊張と、厳かなる儀式の経験を与えずして何を教えるのか。

入学式、卒業式、入社式、結婚式、葬式、という式のつくものは厳かであり、穏やかな満足感に浸れるものである。
人生の中でケジメは大切な儀式だ。その儀式がこども目線で変えられていくというところに日本全体の幼児化に繋がっている。

TVのコマーシャルと言えば、ワンパターンの横並び、ダンスと言うにはお粗末な音楽に合わせただけの踊りを振付ける。大人が真面目に見るものではない。幼児を前提にコマーシャルしてどうするのかと思う。バッカじゃないのと言いたい。

もうそろそろ愚痴はやめよう、三波春夫も歌っている ♯グ~チはよそうぜ、体にわるい~♭
子供たちが選んだ「卒業ソング」、儀式の後の謝恩会にでも歌えばいいと思うが。

教育は最も国の根幹に関わる問題である。
歴史を葬った中国漢字を捨てた韓国をみれば明らかだ。

ジイは英語教育にしても何故か文科省が信用できない。
教育行政は50年、100年先の国家崩壊につながることを肝に銘じなければならない。