書との出会い

日本 雑記

Vol.2-6.11-514   書との出会い
2021.6.11

30年以上も前に、書の先生に色紙を頂いた。

高齢のおばあちゃんだったが気が合った。用事もないのにちょいちょいお伺いした。営業職というのは実に都合がいい。どこの家でも勝手にお伺いし、親しくなれば厚かましく上り込むこともできる。

そこではいろんなことを教えていただいた。「十干、十二支」にまつわる話など、さすが書の先生だった。

実は、その先生にいただいた色紙がある。長い間掲げていて気にもしなかったが、架けかえようと場所を移動したとき、そうだ何て書いてあるのかすっかり忘れているではないか。

もう30年以上前だ。まじまじと見直した。果たして何と読む。パソコンを開いていろいろ調べてみた。草書と変体仮名で書かれている。楷書から草書は簡単だが、逆はそうはいかない。

そうだ、いつか書の先生にお会いすることもあるだろう、その時に聞いてみようとスマホに写真を保存した。

それから2、3年も経ったつい最近のことだ、数寄屋門があって土塀があるのだが、その土塀に額入りの書が何枚かかげてある。書の教室をやっておられるのだろう、その生徒さんの字にしてはそれぞれが整っていて実に上手である。つい見とれていたら、数寄屋門が開いた。

家主「何しとるのかね?」80は優に超えているだろう。

ジジイ「あまりにもお上手でつい見とれておりました。素晴らしいですね、まさか生徒さんの字ではないですよね」

家主「私の字だ」

ジジイ「なるほど、素晴らしいです。楷書の見本などというものを始めて見ましたが、楷書の見本ほど難しいものはないと思っておりましたが、さすが先生ですね」

その言葉で先生も若干気を良くしたのか、おもむろに書の自説を、、、一席お聞きしたところで、実は先生と持ち出した。

心の中で先生、読めなかったらどうしようと迷いなながらもスマホの写真を見せてみた。
目をしかめながら、、、なかなか一声が出ない。

ジジイ「この最後の、“ 梅の花 ” は私も読めるんですがね」とつい助け舟を出してしまった。

先生「この真ん中は、“ 天地玄黄 ” と言って中国の書で、書写の練習によく用いられた『千字文』の一句じゃよ」と教えてくれた。

さすが先生である。『中国・千字文!』これだけ聞けば大丈夫だ、心の中で “ しめた ” と思った。

ジジイ「ありがとうございます。そこまで教えていただければ十分です」と深々と頭を下げ早々に辞した。これで再度訪問できる、文字の解明もまずOKだ、ヤッタ~である。

早速帰ってからネットで調べてみた。わかった。“ ばんざ~い ” だ。
「手習いや 天地玄黄 梅の花」と読み、夏目漱石の俳句であった。
長い間モヤモヤしていたものがやっと晴れた。心がスッキリした。

当然のごとく翌日早速お伺いし、御礼を申し上げた。その場での営業トークをぐっと我慢し後々にと胸にしまった。が、次の訪問が難関である。

書に関する話がもう一つある。

先日、営業でお伺いした先での話。

広い大工小屋に少々の木材と、加工する機械がホコリをかぶって佇んでいる。
一人の男性が、何をするともなしに椅子に腰かけていた。
営業にとって最高のシチュエーションである。

そっと近づいて、挨拶をする。ちょっと耳が遠い。声を若干張り上げ我が身分を明かし、何とか話を繋ごうと相手の仕事について聞いてみた。

以前は工務店だった。もう73歳になって、腕に怪我したこともあって商売は一応リタイアしたそうだ。

ボーしていてもしょうがない。残った材木で伝統的な古民家のミニチュアをつくったり、小さな椅子や、植木台などを造っている。

そんな話をしながら、小屋の中を見せてもらった。ふっと気がついた、注意深く見ないと見過ごすほど無造作に置かれた書。ほこりを被った1m四方のパネルである。

ジジイの直観だ。この書は面白い。なかなかの書だ。

「これは、誰の書ですか?」と聞いてみた。

ところが「知らない」という。縁あって仕事で知り合ったラーメン屋の店主が、店をたたむ時、「よかったら持って行かない?」と言われいただいたものだという。
誰が書いたのかも聞かなかったそうだ。

ジイもちょっと調子に乗って
「これは、なかなかの書ですよ」と褒めてしまった。
「テレビでやってる、何とか鑑定団に出せば、とんでもない価格だったり」とちょっと調子に乗りすぎかと思いながら話を咲かせた。

お客様は身を乗り出して、その額を持ってきてホコリをはらい改めてまじまじと見た。
言い出したてまえ、「ちょっと調べてみましょうか」といってとりあえず写真を撮らせてもらった。

気持ちよく辞して、早速調査開始した。
う~ん。難しい、なかなか行きつかない。サインがS、Sとある。
花押印は、何とか読める。

営業よりもどうにかして朗報を届けたい。今はその気持ちで “ あの書 ” から頭が離れない。