子供に潜む自殺の深層

Vol.2-6.27-530  子供に潜む自殺の深層
2021.6.27

去年1年間に自殺した小中学生と高校生は合わせて499人と過去最多となった。

コロナ下で子どもの自殺が深刻な問題というが、そもそも子供の自殺なんてのはジイの子供の頃はなかったような気がする。聞いたこともない。

文部科学省よると、去年1年間に自殺した子どもは、
▽小学生が6人増えて14人
▽中学生が34人増えて146人
▽高校生が60人増えて339人

児童・生徒合わせて499人、昭和53年以降、最も多くなった。

把握された小中学生や高校生の主な原因や動機である、
▽「進路に関する悩み」・・・55人
▽「学業不振」・・・52人
▽「親子関係の不和」・・・42人

こうした中、
「文部科学省はSNSなどを使った相談事業を拡充するほか、子どもがみずからSOSを出しやすくなるような教育や、相談体制の整備を進めるとした」

とあるが、コロナ下で家族と自宅にいる時間が多くなれば、家族とのコミュニケーションが増え、自殺は少なくなるのが普通、考えられるのは家庭の崩壊である。

文科省がいろんな対策を出していただくのもいいが、縦割り行政を是正し、政府が一丸となって家庭、家族の在り方を真剣に考えなければならない。

夫婦別姓だ、ジェンダーフリーなどと如何にも時代を先取りしているような錯覚にとらわれているいる場合ではない。しっかり日本の基盤となる家庭、足元を見つめることこそ、子供を安定に導く道である。

日本は明治の教育勅語をすぐに軍国主義と結びつけるが、明治初期、多くの外国人が日本を訪れ、日本滞在記を残している。その中で印象的なのは、「日本の子供は質素だが、皆礼儀正しく、仲良く、それでいていつも楽しそうだ。」と表している。

<教育勅語・一部>

◆我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々 にわたってその美をなしていきましたが、これこそ我が国体の誉れであり、教育の根本もまたその中にあります。

あなた方臣民よ、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に 職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い」とある。

軍国主義と結びつける輩は、その後に続く
「万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ」との記述を指すのであろう。

「皇室国家」が気に食わないのであろうが、日本が緊急事態になった時、国民一丸となるのは当たり前のことではないか。

戦後、この精神を忌避したことから徐々に家庭崩壊、精神の崩壊の遠因のような気がする。日本人としてのアイデンティティを磨くことは、家族以外の普遍的支柱を持つことである。

それはさて置き、

家庭の次に子供といつも接しているのは先生である。その先生が、教科教育がすべてで、人間教育という概念があまりにも希薄になったことが、生徒を救えない原因である。

家族以外に身近には先生しかいない。その先生の目が、生徒の心から離れてしまっていては、追い込まれた先の死は想像に難くない。

先生の役割を、文科省だけでなく厚生省などあらゆる場所での見直しが不可欠である。

生徒の日々の様子を見て異常を感じないのであれば先生の資格などない。

ちょっとでも「おかしい?」と判断すれば、「おい!直吉、何か悩みはないか?」「先生の携帯番号教えとく、いつでも電話しろ!」と気軽に声をかけるウオッチこそが大事ではないのか。
コロナ禍、コロナ禍と何でもコロナ禍のせいにすべきではない。

そう言うと「学業を教えるだけで精いっぱい」「しつけは家庭で」という話になる。そこで政府の出番である。先生の待遇改善、先生の数を増やすなど、家庭とのコミュニケーションの充実を図るため学校・先生のあり方にメスを入れなければならない。

最近では、『NPO法人「若者メンタルサポート協会」では、ボランティアスタッフ40人余りが、24時間365日の態勢で、全国の10代からSNSで寄せられる相談に対応している。』という。
それも、必要かもしれないが、、、、

まず家庭・家族である。

個人主義の時代だとか、男女平等だとか、女性の社会進出などが優先され、最近は夫婦別姓を声高に叫ぶ国会議員も多い。そこには “ 家族の団欒 ” の軽視がある。殺伐として金だけの世界、個人の欲求だけが重要視される社会の弊害がある。

ジイも孫を間近に見る立場になったが、最も子供が欲するものは親とのスキンシップである。それは大人になるまで変わらない。特に子供にとって母親の存在は何物よりも「常に強い味方」でなければならないのである。

その、存在なくして、家庭は成り立たない。その役割を放棄した時点で家庭という形はあっても、心の家庭は崩壊している。

そのことに政治は気づかなくてはならない。

少なくとも、子供が高校を卒業するまでの期間。これは両親にとって「子育て」という最大の事業を担っている。という認識を持たせる社会認識を政治としてリードしなくてはならない。

昔のように、ジジババが必ずしも近くにいて、子育てを支援できる環境にはない。
幼児の内は保育園、幼稚園の充実を図ることで何とか、乗り切ることができるが、小学高学年から、中、高校性になれば、日頃のウオッチはやはり家庭と学校が見守りの中心とならなければならないだろう。

近年は、若い母親による幼児殺害や生み落としなど悲惨な事件が後を絶たない。道徳教育軽視もある。外国人から指摘されるまでもなく、日本人の日本喪失にあることも一つの原因である。

私は何者か。ここがハッキリしないと誇りなき日本人になる。日本人としてのアイデンティティをしっかり持つだけでも人間は背筋が伸びるものだ。

外国にいって、あなたの宗教はと問われ、「え~、、、仏教?」とあやふやではいけない。「仏教です」と答えてもいいが、その問いはあなたのアイデンティティを問われているのである。「武士道」と答えてもいい。「神道」と答えてもいい。が、自信をもって堂々と答えられる日本人でなければならない。

人間は日本人としての誇りを持つことでも自殺は減り、日本の道徳社会が生きる力をくれることもある。

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Posted by 秀木石