蘇れ!日本のこころ

日本 雑記

Vol.2-6.28-531  蘇れ!日本のこころ
2021.6.28

“ 日本のこころ ” なんて言った途端に古くさく、宗教くさく、道徳くさく、なんていう声が聞こえてきそうである。

それをあえて、若手官僚4人に、若手起業家、団体職員を加えた6人で「国家のあり方を考える」と題したシリーズが、正論6月号から始まった「訥行塾(とつこうじゅく)」というそうだ。

この一風変わった塾、これは論語の中の「訥言敏行(とつげんびんこう)」の一節で、「人格者はたとえ口は重くても、行動は敏速であるべきだということ」からきている。

さらに詳しく言えば、
「訥言」は、口べたなさま。「敏行」は、行動が機敏なさま。「訥言敏行 ⇒ げんにとつにしておこないにびんなり」と読む。

まあ、解説はそのへんにして、さて本題だが2回目の「次世代に残したい日本のこころとは」を読んでみたら、なかなか面白かった。

へえ~、若い官僚にもジジイが喜びそうな話を真面目にするんだ、と心が動かされた。

何しろ文科省も外務省も、本当に日本のことを考えているとは思えない。東大を出た優秀な頭脳をもちながら、戦後の洗脳思想のまま政府を先導している。しかし今回、若い官僚の中にも日本を真剣に?考えている人間もいることに若干の安心を覚えた。

産経新聞の編集委員である宮本雅史氏が必死で数少ない保守の若手を探したのではないかと思うが、少数であってもいることは間違いない。

実名が伏せられているところをみると、保守派が大勢ではないと推測できる。

それはさておき、議論の中身である。

今回の議論は、「和魂として将来世代に継承していきたい日本的価値観はなにか」というテーマであった。

そこで、取り上げられたのが内村鑑三の「代表的日本人」という著書である。

この本の意図するところは、明治開国期に国際社会に出るにつけ、日本人とは何ぞやというアイデンティティの確立を必要とした時代。著書をもって問いかけたのである。

その類の本は
1、「代表的日本人」・・・内村鑑三
2、「武士道」・・・新渡戸稲造
3、「茶の本」・・・岡倉天心、、、の3冊がある。

これらの本は、世界に日本を紹介する意図を持ちつつ、強烈に自我が芽生えた日本国自身の自己分析という側面もあったと宮本氏は解説した。

ところで、内村鑑三著の「代表的日本人」には5人が選ばれている。
①西郷隆盛 ②上杉鷹山 ③二宮尊徳 ④中江藤樹 ⑤日蓮上人、である。

◆西郷隆盛は「敬天愛人」、天を意識し、人類を超越した利己を徹底的に排した人間である。

◆上杉鷹山も同じく利己を排し、民のための政治を説き、人民ファーストを貫いたリーダーである。

◆二宮尊徳は昔、どこの小学校にもあった、薪を背負って本を読む、あの石像の人物である。「利己心は獣だ。村人に感化をおよぼそうとするなら自分自身と自分の一切のものを村人に与えるしかない」という言葉を残した人物だ。

◆中江藤樹は “ 仁徳 ” という和魂を実践した。中江に感化した人間は多く、感化の連鎖が明治維新を引き起こしたという人物である。

◆最後に日蓮上人。法華経こそが人類を救うと真剣に考え、不撓不屈の信念は民の救済にあった。

5人に共通して根底にながれるのは「利他心と思いやり」である。言葉で言うのは簡単だが、彼らは命をも惜しまぬ信念で思いを貫いたのである。

上杉鷹山を尊敬していたJ・F・ケネディ。有名な就任演説にも影響を与えた「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」という言葉に表われた。

官僚A:は、「今こそ、古典などから東洋的徳を育み、武道を通じて道を学び、義務教育の間に人格を修養させることが急務だという。

官僚D:は「東京裁判の足かせから未だに脱しきれない戦後日本。旧日本軍の行いの中にも武士道精神が随所に見てとれる。3百年以上もオランダに支配されていたインドネシアを日本軍はたった10日でオランダ軍を駆逐し、オランダの再侵略に約千名の日本兵が独立軍に加わり共に戦っている。負の側面だけでなく、立派な事実も継承する必要がある。と述べた。

官僚C:は最近大ヒットした「鬼滅の刃」の鬼殺隊は、「人や誰かのために尽くす日本人であり」、煉獄杏寿郎は母親から「弱い人を助けるのが強く生まれた人間の責務」との言葉を受け継ぎ、その言葉は主人公の炭治郎に受け継がれている。として、人間は利己的な人間から感化されることはなく、利他的な人間から感化されることを感じた。・・・と語った。

今は「スマホ脳」ではないが、「いいね」をもらってドーパミンを得る。思考や行動原理が短期的刹那的なっていると危機感を抱く。

そんな話を若い官僚が語ることに驚くとともに、将来を嘆くばかりではなく、若干の希望をもった。

戦後崩れ去った価値観の再構築。先人たちから言葉で学びとるのは簡単である。しかし彼らは命を賭けていたのである。官僚という立場であれば、国家を背負い、国家のためにできる環境にある。命を賭けるに不足はないはずである。

言葉だけで終わらせず、“ 日本のために ” 命を賭けて頑張ってほしいと願うばかりだ。