NHK自虐月間のスタート

日本 雑記

Vol.2-7.3-536  NHK自虐月間のスタート
2021.7.3

「戦国時代」、政略結婚、人質、暗殺、裏切り、虐殺、焼き討ち。戦場で相手の大将の首を取って持ち帰るのは当たり前。

「敵将の首」」が、論功行賞の判断基準となる。「身分の高い武将の首」。それを見極めるために行われるのが「首実検」といわれる一連の儀式がある。

今の感覚で「首実検」などもっての他。しかしこの戦国時代を語る時、これは評価の判断材料のためだけではない。亡くなった敵方の武士を慰霊するという、日本の精神のあり方として語られる。

しかし、現代の戦争で行われるとしたら、残虐極まりない非難の対象であろう。

幕末、明治新政府を樹立した薩摩藩・長州藩・土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府軍の戦いで、会津藩が組織した白虎隊がある。この白虎隊などは16歳から17歳の武家男子を集めた部隊である。幼少組として13歳の少年もいたのである。これも人を斬る戦いである。

人を斬ることで有名な尊王攘夷派の4人田中新兵衛、河上彦斎、「人斬り以蔵」と言われた岡田以蔵、「人斬り半次郎」の中村半次郎など、言えば必殺仕事人だ。

一見、今の価値判断で言えば、殺人鬼である。しかし、どうしてか、現代の日本人はこれらの戦争の歴史を、戦国時代は “ 戦国ロマン ” 幕末の内戦は日本の夜明けとして嬉々として語られる。しかし、昭和の戦争だけが『自虐史観』一色の凝り固まった史観で語られるのはいかなるメカニズムであろうか。

毎年のことであるが、NHKは8月15日が近づくと自虐番組の放送を始める。ご多分にもれず今年もスタートした。

第一弾が、昨晩の首都圏情報ネタドリ!
首都圏から飛び立った特攻隊 最期の1か月」である。

その番組の概要だが、
『終戦76年。沖縄の海に眠るアメリカの駆逐艦。沈めたのは首都圏で訓練を行った特攻隊だった。若者たちは「最後の日々」をどんな思いで過ごしたのか。』、、、とナレーションが入る。

語られることはいつも同じ、戦争の悲惨と、夢を奪われた若者たちの苦たちの苦悩である。

出演する特攻隊の関係者もそれに輪をかけるように悲しみと無念を語る。まるで正義のように。

ジジイはあの特攻隊員たちが可哀そうでならない。特攻で死んだことではない。76年の時を経て、誰一人、「よく頑張ってくれた」「今の日本があるのは君たちの勇敢な戦いのお蔭である。感謝しても感謝しきれない」「毎年靖国神社へお参りに行きます。そのたびに当時を思い出して、手を合わせます」こんな言葉は遺族関係者からも一切聞かれなかった。

なんというさもしい日本人になってしまったのか。

特攻隊員の日記をみて遺族が語る場面がある
日記には勇ましい言葉が随所にあったと思われる。

「100%本音が書けていたのかなあ、たった23、4で夢を捨てて行く心境がわからない、、、」

失礼ながら、こんな侮辱した感想があるだろうか。日本のために命を惜しまぬ姿に畏敬の念さえ抱けなくなった日本人、それも親族である。

この若きにして、覚悟をもった立派な生き方に感動するならともかく、平和ボケした今の感覚で当時の緊迫した彼らの心情をいとも簡単に片づける言い方に、ジイは怒りさえ覚える。

特攻隊員と仲良くなった近所の女性がいた。
彼女は、特攻隊員の出撃に持って行ってほしいと、可愛い人形をいくつか作って持って行ったと言う。隊員たちは胸につけたり、何しろ得々して見せびらかして、喜んでくれたという。このほほ笑ましい光景に悲惨は感じられない。そう語った彼女も楽しそうに当時を回想した。

この一事をみても彼らの心は、悲壮感よりも、特攻操縦にも慣れた自信と、国のために、家族のためにわが命が役に立つときが来たという充実感にあふれていたように思える。

特攻に出る日が近くなり、帰省できるものは実家に帰った。
帰りたくても帰れない遠い九州の特攻隊員は、やむを得ず近くの民家に頼み込み、仏壇にお線香を上げるというシーンがあった。

当時の8歳だった老人が語った。

「3人が軍服のまま来て、仏壇にお線香をあげて帰りました」
「翌日、空を見上げると特攻が飛び立っていきました。一つの飛行機が翼を左右に大きく揺らして私に挨拶をし南に飛んでいきました」
「20代、可哀そうな人たちだった、可哀そうで、、、」と嘆きが入る。

しかし、そうだろうか。その取材時に悲惨、可哀そう、そういうイメージで老人を洗脳し、引き出した言葉を切り取って入れたのではと邪推してしまう。

“ 翼を大きく揺らして、別れと昨夜の感謝 ” を示しながらも、揺るぎない精神性を感じないのだろうか。

日記にある。
「10時、前橋を発す。思えば愉しき20日間なりき」
隊長:「体に気をつけて元気であってほしい」
隊員:「教官も元気で後の日本をよろしくお願いします」とはっきり述べた。
“ 元気であってほしい ” 、、、特攻である。元気で帰れるわけがない。しかし建前上そう言わざるを得ない。この短い会話こそ国家の生存がかかった当時の日本の緊張感が漂う。

終盤に、ある郷土史家が子供たちを前に、この特攻隊「誠隊」を語り継ぐシーンがある。

「この中にも、先生になりたい、お医者さんになりたい、、、、」その後の言葉がなく画面が変わってしまう。不思議なカットである。

番組コメンテーターも悲惨、悲惨、悲惨、戦争悪イメージを醸成する。

このように、次世代に悲惨なイメージだけを植え付つけていく。
特攻隊員たちはいつ浮かばれるのであろうか。

最後にダメ押しするように、漫画家・武田一義氏が語る言葉は当時を分析したとは思えない一面的で左翼思想そのままに語る姿は、まるで霊感師のようであった。

「本当にいたましくて、、(感極まって言葉をつまらせる)、、なんでこんなことをしなければならなかったのだろう、なんで誰もやめさせられなかったのだろうと、、、そういうきもちです。」と言葉を絞り出すように語る。

戦後に蔓延した自虐史観に洗脳された歴史に育ったナイーブな日本人を、さらに洗脳するようにテレビを通して定着させていくNHK。

特攻隊員3人がお線香を上げに来た行為に、日本の高い精神性を讃えることすらできないNHKという公共放送。

今、私たちが住む幸せな日本という国を、命を賭けて守ろうとした日本人の尊い姿すら伝えず、ただ、青春を奪い取った残酷な国家を批判する番組構成。

今幸せに生きているこの日本があるのは、日本を守ろうとして散った尊い命のお蔭である。靖国神社へいけば、多くの軍人の遺書や日記がある。「是非、今年の夏は靖国神社の遊就館にも寄ってこれらに接していただきたい」ぐらいのメッセージを発したらどうなんだ。

視聴者からの意見が画面下に字幕として流されたが、ほとんどが特攻と戦争への批判
◆「若い人を死なせるための訓練や作戦なんて、絶対にゆるされることではない」等々だったが、

◆「特攻隊と近所の子供たちとの交流は、あまりに人間的で暖かいなあ。今は特攻隊はないけど、この暖かさもない。

唯一、真髄をついたメッセージに救われた。