オリンピックの歓喜

オリンピック スポーツ 日本 雑記

Vol.2-7.26-559    オリンピックの歓喜
2021.7.26

「・・・
歓声も拍手もない舞台で、東京五輪の夏が幕を開けた。・・・
人間はときに道を間違える。空に照り曇りがあるように、人生も晴天続きとはいかない。だから一握りの勝者の歓喜より、数多の敗者が流す涙に感情が揺さぶられる。会場の静寂も、冷ややかな世論も、気に病む必要がどこにあろう。筋書きのない舞台を担う。若者たちの偉大さを思う。」

昨日の産経抄はこう記した。

いくつかの競技を見た。無観客の静かな会場。苦しいとき、くじけそうになる自分を奮い立たせてくれる「ガンバレの声」も歓声も拍手もない。

内村航平選手の鉄棒落下、思いもよらない瀬戸大也選手の予選落ち。4年に一度の世紀の祭典はただ事実を映し出すだけだ。

これが本当にスポーツの祭典として世界に配信する真の姿であろうか。

今大会初の金メダルの柔道・高藤選手。大の大人が人目をはばからず、胸の奥から溢れ出る嗚咽を抑えきれず泣きじゃくる姿は、まさにオリンピックのなせる業である。どんな世界大会でもあれほど突き上げる涙はない。

あの、涙を見たとき、アスリートのすべてがオリンピックにかける情熱の凄さのすべてを語っている。

大半の選手が「オリンピックが開催されるだけで感謝」「無観客でも頑張ります」と殊勝に話す言葉が本音でないとわかるだけに胸が苦しくなる。

劣勢の中で、もし「がんばれ!!」の声があったら、きっと信じられないようなパワーが出るのではないか、と思ったりもする。どんなに自分を奮い立たせても、観客の生の声に優るものはない。

無観客の観客席をみると、冷たく、無神経な人間の “ 様 ” に見えてしまう。ここまで人間は冷酷になれるんだ。そう思うのはジイひとりであるまい。

内村航平選手が昨年11月、五輪開催に懐疑的な意見が漂う中
「非常に大変なことであるというのは僕も承知の上で言っているんですけど、それでも、国民の皆さんとアスリートが同じ気持ちじゃないと、大会はできないと思います。何とかできる、どうにかできるやり方が必ずあると思うので、どうか『できない』という風には思わないでほしいなと思います」
と選手の心を代弁する勇気ある発言をした。

この言葉に心無い非難も浴びたが、多くの選手は、「胸が熱くなった」「感動した」という声が体操選手はもとより、他競技の選手からも上がった。

今の日本、このポジティブ思考がない。

橋本聖子大臣は者会見で「アスリートから言ってもらえるのは、うれしいこと」と語ったが、この思いを大臣自ら発することができない日本はどんな日本であろうか。

「80%以上の国民が不安を抱いて不平を漏らしている」??本当にそうか。現実にプロ野球も、大相撲の観客に国民の80%の反対を押し切ってやっているのか。

オリンピック4日目である。
菅総理よ!!選挙ニラミではなく、真に人間の心に立ち向かった英断をしたらどうか。

NHKの世論調査に右往左往するのではなく、日本人の良心を信じてみたらどうか、国民の80%が反対した無観客が虚構であったと、選挙結果は雄弁に語ってくれると思う。