生き残りかけた銀行DX

日本 雑記

Vol.2-8.26-590   生き残りかけた銀行DX
2021.8.26

「りそな銀行と京葉銀行が提携」生き残りへDX連行加速。

25日の朝刊の記事の見出しだ。

むかしむかし、その昔、バブルという時代があった。
昭和55年頃から平成2年頃までの約10年、土地の価格が異常な伸びを示した。

各銀行も不動産を担保にそれゆけどんどんでそれこそ野放図に融資を拡大した。当時は日本の土地の総価格でアメリカが買えるなどとの声が聞こえるほどだった。事実日本の企業はバブルで儲けた金でアメリカのビルを買いあさった時期もある。

異常な加熱、やがて、日銀の金融引き締め、さらに大蔵省の不動産融資の総量規制、地価税の導入、固定資産税の強化と、急速な引き締め策は土地価格の低下、株式の低下を招き、銀行融資の担保割れが続出、景気は極度に悪化、経済的混乱を招いた。

バブルとは何だったのか、世の中は一瞬にして景色を変えた。

銀行は手のひらを返すように貸し渋り、貸し剥がし、倒産、不良債権、リスケ、まるで砂上の楼閣がガタガタと崩れ落ちるように悪夢の到来である。

お上の激変、銀行や証券会社も無傷でいられるはずもなかった。企業だけではない、考えもしなかった銀行の倒産が続出した。
拓銀、長銀、日債銀、山一證券、三洋証券が倒産した。

大手銀行も決して安泰ではいられなかった、そして信じられないことが起った。

あの富士銀行が、三和銀行が、第一勧銀などの大手が、生き残りをかけ合併に走った。

金融界の激変は衝撃的だった。わずかに当時の行名を残すのは三井住友と三菱だけだ。

もう、みずほ銀行が、UFJがどこの銀行であったことすら思い出せない。昭和を生きたジイなどのショックは実に大きかった。

銀行の保有資産はことごとく売られた。りそな銀行はお堀の前の大手町本社ビルを売却。全ての保養所を売り払い。本社を木場に移した。銀行冬の時代だ。就職先で人気の証券・銀行から一気に公務員が脚光を浴びるようになった。

さらに企業では、バブル経済崩壊後の平成不況で競争力強化の必要性に迫られ、コスト削減のため、 正規雇用である正社員の採用を抑制する一方、非正規雇用の従業員が増えたのもこの時代だ。今の派遣社員の走りだ。

時代が流れ、銀行の中身も大いに変わった。お金を集めて融資するスタイルも変わり、保険、投資信託、不動産業務、M&A、事業継承、コンサルタント業務、デリバティブ投資(スワップ、オプション、先物取引など)、外貨預金、FX(外国為替)などなど、手数料取引がかなり大きなウエイトをしめるようになった。

長い間ゼロ金利政策がとられ生きるすべは利ザヤから手数料に変わらざるをえなかった。

銀行の窓口も様変わりした。通帳などの発行も省略し、ネットバンキングになった。年配者はなかなかスマホで全てを済ませるには厳しいが、いずれ個人関連はすべてスマホ処理になる。公共料金や納税はすでにコンビニが担っている。窓口は相談業務と戦略的情報提供の場と様変わりする。

今回りそな銀行のDXでの銀行提携はスマホ取引への充実を目指したものでアプリやシステムの開発を連合してコストを下げることが主眼。また、将来への銀行のあり方への備えもあると思われる。

そのDX(デジタルトランスフォーメーション)とはいかなるものか、経済産業省の説明によれば、
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とある。

クルマ業界も急速なエネルギー転換で、業務提携が進んでいる。金融業界も一人で生きていける時代ではなくなった。薄利下においてコストは徹底して下げて行くということだ。

時代の流れも変わり目の速さも驚くばかりである。一つ間違えば命取りになる。各企業は自己保全のため共同で補完し合う態勢を整えつつある。

今から900年近く前、鴨長明は
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。・・・たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ」と記した。

今も昔も、世の無常なるは同じである。