日本を愛した師・渡部昇一

日本 雑記

Vol.2-9.6-601   日本を愛した師・渡部昇一
2021.9.6

ジイにとって渡部昇一は師であり、また厳父のような親しみを感じてきた。いろんな論評に接してきたが、己の不安定な考えに落ち着きを与えていただいたまさに「恩師」である。

雑誌Will 10月号に
“ 知の巨人 ” 渡部昇一
私は人間として 渡部昇一のようにありたい
~ ある時は優しく愛情を注ぎ、ある時は毅然とした態度を貫く ~

とした政治学者・岩田温氏の論説があった。

渡部氏を尊敬するというか好きになったのは、氏が日本をこよなく愛しておられることがすべてに感じられることである。それが常識にかなって説明され、大げさでもなく、かといって卑下することもなく、あるがままの中にも神髄をつき、高い見識をもって語られるところである。

岩田氏も渡部氏の言葉に心酔したお一人、その特徴的なものが書かれていた
1、古代日本は「和歌の前に平等」であったと指摘されたことにはっとしたという
  ※和歌の中には天皇から乞食まで分け隔てなく平等に収められている。大和言葉のみで編まれたのが「万葉集」。万葉集からビリーバンバンの「さよならをするために」にいたるまで、日本人に情緒を伝えるのが「大和言葉」に他ならないと説いた。
どこか自然な優しさを持つのが大和言葉の特徴であり、耳で聞いて言葉が思い浮かばないということがない。

2、難解な事柄を可能な限り分かりやすく伝えるのが渡部昇一流。
ご子息の玄一氏の語るところによれば、父は生涯、衒学的(学識をひけらかす)なものを嫌い、エリート意識や仲間内の薄笑いを憎んだ。そして、どれほど難解な内容であってもわかりやすくかみ砕き、学のない自分の母にもわかるように伝えたという。

3、先人に対する謙虚さ
玄一氏は一度父をほめたことがあったという。すると父は厳しい目で息子をみつめながら
「先の大戦のとき、俺のまわりには、俺よりずっと優秀で、俺よりはるかに立派な人間がいくらでもいた。みんなばたばた死んで、いなくなってしまった。俺なんか、そのお蔭で出世したみたいなもんだ。お前も、あまり浮ついたことを言うものじゃないぞ」と諭されたという。

ジイはもうだいぶ前から、何か特別な社会問題が発生すると、必ず、正論、諸君、Will、や文芸春秋などに必ずと言っていいほど掲載された渡部論文を読んだ。いろんな方の意見がある中で最も腑に落ちる常識的な考えに信頼を深めた。

渡部氏はいろんな論説に対し、率直な意見も述べておられる。その一つに昔、田中角栄元首相のロッキード事件というのがあった。その事件を巡って、今年4月に亡くなったもう一人の「知の巨人」と言われた立花隆氏と論争になったことがあった。

ジイは15年ほど前に発売された「人は見た目が9割」という本を読んだことがあるが。初めて立花隆氏を見た時からどうも好きになれなかった。今回、その反論文を見てやっと納得した。

立花隆の渡部氏への反論である。
『渡部氏のように、どんなに自分の議論が人から反ぱくされてもそれには馬耳東風で、自分の最初に述べた議論だけをバカの一つ覚えで繰り返すのは、相手がキャッチボールをしようとしてボールをいくら投げてきても、それを片はしから身をかわしてよけ、自分一人でお手玉遊びを繰り返している自閉症のオジサンのようなものである。』(立花隆)

『渡部氏を見ているうちに、わたしはゾッとするような薄気味悪さを覚えははじめた。マカーブルな気味悪さである。マイケル・ジャクソンのスリラーの中で、墓場からよみがえって襲ってくるゾンビの集団を見るような気味悪さである』(立花隆)

言論人が言論で意見を言い合うのは文人であれば常識だが、この立花氏の反論文は反論できない焦りからか “ 知の巨人 ” とは思えない汚い言葉で、反論趣旨からはずれた罵声を浴びせるのみ、まるで錯乱しているとしか思えない。

この反論文を見た時、ジイがどこか好きになれないと感じたのは間違いなかったと納得して心が落ち着いた。

立花氏は、渡部氏が嫌った「衒学的(げんがくてきー学識をひけらかす)」な人間の代表例ではないか。

ともあれ、渡部先生の後継者を見たようで嬉しい。岩田氏は以前からテレビで見ていたが、「見た目」でも最初から好感が持てた。第一印象は今その人が持つ最新情報が詰まっていることは間違いない。

岩田温氏、今後が楽しみになった。