イスラム法という価値観

世界 日本 雑記

Vol.2-9.8-603   イスラム法という価値観
2021.9.8

イスラム過激派組織タリバンが首都カブールを制圧し、20日余りが過ぎた。

当初タリバンは早々に新政権を発足させ政権を安定化させると声明を出したが、未だ安定化には程遠い。

米兵が完全撤退する間に起きた、イスラム教スンニ派過激組織ISの自爆テロは100人を超える死傷者を出した。ジイは当初タリバンとISは米軍を追っ払うために裏でタッグを組んでいるのではと疑っていたが、そうではなかった。

ISに言わせれば、タリバンは対米国に対し聖戦を放棄した「背教者」とし、敵視を明確にしている。このISの復活と、タリバン内の主導権争いが新政権の発足を遅らせている。

この20年ジイはアメリカは何をやっていたのかと批判した。しかし、イスラム思想研究者・飯山陽氏の考えは違った。

「テロの根源は、各地に広がる紛争や格差、貧困である。そこにフォーカスせず、軍事偏重の行動に走り続けたのが今の米国の姿」だという。

そして、「間違ってはいけないのはタリバンにとっては『テロ』ではなく、神の命令に従ったジハードの敢行である」という認識の違いである。

彼らが目指すのはイスラム法統治であって、戦うのは格差に憤っているからでも、貧乏だからでもない。『テロの根源は格差・貧困』という主張は、欧米人等がスラム過激派の『テロ』の本質について無知だから。と飯山氏はいう。

さらに
「アフガンの価値観と欧米由来の近代的価値観とは全く異なるという本質的な問題について理解できていない」
たとえば、タリバン報道官が
「イスラム法の認める範囲で女性の人権を認める」と述べた際、ほとんどのメディアはそれが近代的な女性の人権とは全く異なることを指摘しなかった」というのだ。

2013年の調査結果がある。そこには女性の権利はほぼなかったはずだが、アフガン人の99%が「イスラム法による統治を望む」と回答しているのは不思議だ。イスラム法統治とは、神の命令を絶対的価値とする統治であり、そこでは人間の発案した近代的価値などとるに足らないものとして打ち捨てられる。

しかし、アメリカ駐留20年で確実に変わったのが女性の権利の拡大である。今までかなわなかった仕事のへ従事、学校で男性と机を並べ学べる事実は、厳格なイスラム法からは考えられない進歩であったことは間違いない。

さらに教育を受けている女性たちが、タリバンの統治で女性の権利が逆戻りすることに声を上げ、デモ行進を行うまでになったことは特筆すべきことではないか。その行進阻止に催涙弾を投げる兵士に敢然と立ち向かう姿は過去には考えられなかったことだ。

この行動こそ、世界は支持し支援の手を緩めてはならない。すでに中国は資金援助に手を差しのべた。ただ、善意だけではない。中国のしたたかさと恐ろしさはタリバンの比ではない。もし、中国がこのアフガン女性の権利維持や、政治的安定に力を発揮するようなことがあれば、中国の一対一路計画と中東への影響力は一気に増すことになろう。

自由主義陣営にとっては痛しかゆしだ。ただ、タリバンがイスラム法統治を一気に変えるとは考えられない。

なぜなら、今年年末にかけ国外逃亡が50万人に上るとの予想がある。アフガンを、タリバンを、イスラム法統治を知り尽くしたアフガン人が、タリバンの融和発言を振り切ってまで、外国へ逃避しようとしているのである。

しばらくはイスラム国ISとタリバンとの武力の応酬、中国、ロシア、アメリカ陣営との主導権争い。紛争は更に複雑化するのではないか。

ひるがえって日本。八百万の神の存在する日本の穏やかな宗教感覚など、アフガン人には想像できない世界である。しかし、彼らが唯一尊敬を抱くものが日本にある。

1904年(明治37年)に大国ロシアに勝利した力は彼らにも大きな希望を与えた、その後、日本の武士道、義理人情、神風特攻隊などその精神のあり方に彼らは尊敬の念を抱くのである。

彼らが信ずるものがイスラム法でなく、人類の目的にかなうものであったなら彼らは世界の求心力となり得たかも知れないと思うと残念でならない。

飯山陽氏は「武力でもカネでも、神の命令を絶対とするアフガン人の価値観を強制的に変えさせることなどできない」という。近代的価値観にイスラム法が近づくとすれば、それはやはり人間の力だ。彼らの中から価値観の融合を図ろうと試みる革命的精神を持った人間の出現を待つよりない。

それは人種差別撤廃と闘った南アフリカのネルソン・マンデラ、アメリカのキング牧師のような求心力を持つアフガン人の出現だ。そしてその人間に多くのアフガン人が同調し、価値観の違いを乗り越えようと決意した時、やっとアフガンに春が来るのではないか。