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Vol.3-24-69  日本語
2020.03.24

3月22日敬宮愛子さまが、学習院女子高等科を卒業された。
4月からは学習院大学文学部日本語日本文学科に進学されるとあった。
この記事を見て、率直に嬉しくなった。

学習院でずっと学ばれるということへの安堵と共に、日本語日本文学科に進まれるということに静かな感動を覚えた。
英語教育ばかりが叫ばれる中、日本語という選択肢はどのような思いから決断されたのか、とても興味深い。

ジイも決して正しい日本語を使っているかと言われれば自信がないが、昨今の日本語の乱れ、というか国語が急激に変化していくのが気になっている。
そんな事を思いつつ思い出したことがある。

20年ほど前、パソコン教室に通ったことがあった。そこの教師が言葉の終わりに必ずと言っていいほど「・・・じゃないですか」と、口癖のように付け足すのが妙に気になっていたのを思い出す。

<じゃないですかの意味は>
*「そうじゃなくて、何々じゃないですか」と訂正を求める場合
*あるいは「そうじゃなくて、何々じゃないですかねえ」と軽い同意求める場合
*彼は来るの?と聞かれた時「今日来るんじゃないですか」と、断定はせずに伝えるような場合

彼女の使っていたのは、「自分で肯定して同意を前提としている」言い方になる。
何故なら、「・・・じゃないですか」と言った後に「どう思います?」とか「そう思いませんか?」などという次に発せられる言葉を省略し、自分の言ったことは正しいと言う前提で話しているので反論は想定していない。すでに口癖になってしまっていた。

「・・・じゃないですか」と言われると、ジイなんかは「えっ、そうは思はないけど」と心の中で叫んでも、そこで間髪入れずに、「いや、そうじゃない」と口をはさむのは至難の業で、今じゃ「私引っ込み思案じゃないですかあ」と言われても「えっ、あそうなんですか」との言葉を返すことを想定しない言い方として一般化してしまった。

言葉というのは、数年前になかった言い方が誰がどう発信して変化していくのか、ジイなんかはあまりいい感じがしない。

ただ、「ほっこり」という京都弁が、語感から「癒される」という意味で広がったのは理解できる。

ただ、気になる言葉がいっぱいある。あくまでもジイの感じだから往々にして間違った指摘かもしれぬが、、、

*レジ清算で1万円を渡すと「1万円からでよかったでしょうか」・・・・・からってどういうこと?
*言葉の最期を上げる半疑問・・・・一時期、猫も杓子も使っていたが、最近は下火で少々安堵
*私的、僕的、会社的・・・・・何でも的をつける言い方、抽象「的」ならわかるけど
*好きくない、違くない・・・・・これ日本語じゃないでっせ、TVのMCが使っているのにはびっくりたまげた。少なくともMCは正しい日本語を使えよと言いたい。
*「れ」足し言葉・・・・・「行けれる」足すんじゃねぇ「行ける」で良いんだよバカと言いたい。
*そうじゃなくない・・・・・もう意味がわからん
*~てて・・・・・会社はこう考えている、→会社はこう考えてて、という言い方が実に増えた。NHKのアナウンサーもほとんどこの言い方に変わった。

いつの間にか言葉が変えられていく。
もちろん時代と共に言葉が変わっていくのはわかる。しかし、正しい日本語が使えない日本人が増えているような気がする。
ギャルという種族に流行る言葉がマスコミが捉え、面白おかしく伝える。その言葉のいくつかが変化に寄与していることはあるだろう。

果たして今、美しい日本語を使っていこうとする意志があるとは思えない。小中学校で日本語の基礎をしっかり教えて欲しいと思う。今はやりの誤った日本語を正していくような教育があってしかるべきだと思うが。

時に外国人の美しい日本語に接する時、感動よりも日本人として恥ずかしさが先に立つ。

そんな折、愛子さまが日本語日本文学科を選択されたニュースにジイはかすかな希望と嬉しさを感じた次第である。

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Posted by 秀木石