女性・社会進出の意義

世界 日本 雑記

Vol.2-10.15-640   女性・社会進出の意義
2021.10.15

今から34、5年前からジェンダーなる言葉をよく聞くようになった。

その後、急速に、それも極端なフェミニストの力が作用したように思うが、教育現場や日本人の生活習慣にも影響を与えた。

本来、男と女、肉体的違いは歴然とある。それによって区別することが適切である場合がある。トイレが別々であったり、学校現場での更衣室が男女で分かれていたり、あるいは力仕事は男が中心で、本能がなせる母性は子育てや家庭の仕事に向いているとされてきた。

ところが、最近のジェンダー思想はすべて差をつけるべからずといい、トイレも一緒、更衣室も一緒、ひな祭り、端午の節句などわけるなどもっての他という極端思想が唱えられ一時混乱した。最近は行き過ぎに気が付いたのか落ち着きを取り戻した感がある。

しかし、まだまだ女性が重用されてないとし “ ジェンダー平等 ” というように平等が付けられ社会進出を積極的に後押しする流れがある。職場において女性の役職の割合が少ないとか、何かと女性、女性と言われる傾向は強い、ジイなどは “ 機会の平等 ” があれば敢えて女性だけ焦点をあてる必要もないと思うが世間は許さないようだ。

今回、衆議院選挙がある。女性の政治参加が少ないと言うが、女性がやりたくないのを無理やり引っ張り出しても仕方ない。長い歴史と文化の違いがいあり、その国の女性が差別感情を持たずほぼ満足感を持ち、楽しく生きていればとりたてて強制する必要もない。しかし中にはいろんな意欲をもった女性もいる。時の為政者は機会の平等を強く意識する必要があるは言うまでもない。

日本の場合どうも極端に走る傾向がある。政界に女性を何%増やそうなどという目標を出すなどはナンセンスである。

世界男女平等指数などがあって、、日本は過去最低の121位 政治参画遅れなどと言われ、何が何でも世界標準に合わせようとする惨めな考えがある。西欧崇拝主義は今も健在で、もう少し自国の生き方に自信を持ったらどうかと思うが。

そんな総合研究大学院大学長・長谷川真理子氏の『生物学における女性研究者の意義』なるコラム記事があった。

彼女曰く、
◆火の使用が進化史上、なぜ重要なのか、長らく、①火を使うと環境を改変できる ②猛獣を追い払うことができる、というような視点だけから論じられてきた。食物を食べること、調理をすること、という議論はなかったのではないか。
それを最初に指摘したのは、レスリー・アイエロという、女性の人類学者だった。

食物を加工することで腸が栄養とエネルギーを吸収、ひいては、脳へもエネルギーという画期的な研究につながった。

自然科学はやみくもに何かを実験するのは無駄であり、何を立証するにも仮説が必要である。革命的な仮説は、無意識のうちにも人生で培ってきた世界観が反映される。という。

ほとんどの人類学者は男性だった。その男性人類学者のほとんどは、料理などをしたことのないはずで、調理の重要性など思いつかなかった。

もう一つ面白い議論がある。

◆自然界のほとんどで、オスは、配偶相手の獲得をめぐってオス同士で競争をする。しかし、そうであれば、逆にメスは、自分めがけて求愛に押し寄せてくるあまたのオスたちのなかから、どのオスを選ぶか、配偶者選択ができるという議論である。

そこで、当時の生物学者(男性と思われる)たちはみな
①オス同士の競争は認めた
②メスにどのオスがいちばんよいかを選ぶような能力があるはずがない
③メスの好みなど、あまりにも気まぐれなので、進化の圧力にならない
というのである。
男性の生物学者の無意識による先入観が大いに関係したと疑いを持った。
それが、今ではメスによる “ 選り好み進化論 ” が本格的に取り上げられるようになった。という経緯が書かれている

女性研究者の進出の大いなる成果である。学者の世界、男性優位の偏見はまだ残っているのだろう。全ての世界において女性の進出は大いに歓迎すべきことである。

今回のタリバンのように女性蔑視の世界はまだまだある。その壁はまだまだ厚い。

日本に立ちかえれば、女性進出に大きな壁がある職業はないと思われる。やりたくもない社会に無理やり女性を連れ出しても迷惑するのは女性である。大きな声を出す人が主流ではない。しかし、多くの女性があらゆる場所に分け隔てなく配置されていくことにより女性ならではの視点から発見されるものも必ずある。それが社会をより良い方向に変えることになれば実にいい。

中には変えてはいけないこともあることを理解しつつ、男女の違いも大切にしたい。