引退試合

スポーツ 日本 雑記

Vol.2-10.21-646  引退試合
2021.10.21

プロ野球も10月中旬になるとほぼ優勝は2チームほどに絞られ、他のチームは消化試合となる。

この時期になると実績を残した選手の引退試合が組まれる。
17日には、平成18年、夏の甲子園大会で一世を風靡した “ ハンカチ王子 ” 斉藤祐樹投手の引退試合が行われた。

ジイもよく覚えている。甘いマスクで、マウンド上で汗を拭う姿が「ハンカチ王子」として社会現象になった。若い女性の間では、どこのメーカーのどんなハンカチなのかと熱い視線が送られたのを思い出す。

確かに、今まで高校生が小さなハンカチで丁寧に汗を拭うなどということは見たことがなかった。袖で無造作に拭くか、タオル地の大きなハンカチで拭いていたような気がする。

プロに入ってからは高校、大学での熱狂の再現とはいかなかった。入団1年目には6勝を上げたものの故障もあって、プロ野球を沸かせるようなことはなかった。その意味では高校、大学があまりにも華やかであったがために寂しい引退試合となった。

その2日後には、やはり甲子園を沸かせた “ 平成の怪物 ” と言われた松坂大輔投手が23年の現役生活に終わりを告げた。

日米通算170勝、本人は200勝の夢はあったであろう。しかし、レッドソックス時代に痛めた右肩のケガが、野球人生を大きく変えてしまった。その意味では不運でもある。しかし高校時代の伝説、大リーグ挑戦、松坂世代と言われ常に球界の話題に上ること自体素晴らしい野球人生であった。

その中でも記憶に残ると言えば、何といっても1998年の夏の甲子園のPL学園戦。延長17回一人で投げきったこの試合は、数々のドラマを生み高校球史に残る試合ではないか。

最後の登板はファンとの別れの5球、最速は118kmであったが最後まで現役にこだわった投手としての有終の美であった。

時代は遡って、遠く34年前の昭和62年、元祖・怪物と呼ばれた江川卓が引退したのが最後、野球を見ることが少なくなった。

しかし、多くの引退試合があった中、ジジイの時代、この人を忘れることはできない。

ミスター長嶋茂雄である。美空ひばりが戦争で打ちひしがれた日本の焼け野原に歌声で国民に希望と勇気を与えたように、ミスターは野球の創世記にまるで野球の申し子のように登場し、日本の経済成長をさらに牽引するがごとく国民の娯楽を野球にくぎ付けにしたスーパースターである。

時代が良かったと言えばその通りだが、その時代にこの長嶋茂雄でなければならなかったのである。成績で長嶋を凌駕する選手は数多くいる。しかし、別格の輝きを放ったスターは長嶋茂雄であった。

今の時代、サッカー、ゴルフ、ラグビーなど多くのスポーツがあってファンはそれぞれに熱狂する。昔のように野球だけの時代との違いはある。しかし、長嶋が手にできなかった三冠王を手にした野村克也氏がつぶやいた “ 長嶋はひまわり俺は月見草 ” というそのままに長嶋は誰をも明るく元気にした。

その長嶋にも引退は来た。本来なら日曜日に引退時代が組まれるところが、雨のため月曜日に順延になった。優勝は中日に決まって巨人は消化試合になる。本来なら巨人ファンにとっては興味をなくした昼間の試合である。ところが、月曜日のダブルヘッダー長嶋引退試合に超満員のファンがつめかけたのだ。

第一試合が終わり、第二試合までの時間があった。
警備の問題から「自重してほしい」と言われた長嶋だが、俺はファンにあいさつしたいんです。
突然、長嶋が飛び出した。これはシナリオにはないものだった。

一塁側からライトへと大歓声に応えながらゆっくり歩く。スタンドから「ナガシマ!」の大歓声、言葉にならぬ涙声と叫びが飛び交い、異様な雰囲気となった。

笑顔だった長嶋の足が止まった。ポケットから出したタオルで顔を覆い、泣き始めた。どよめきの後、静寂が訪れ、ナガシマ~やめるな~、その声はみな、涙声だった、長嶋とともに泣いた。

今でも思い出すだけで涙がでる。

月曜日の昼間である。多くのファンが会社を休んで球場に足を運んだのだ。第二試合が終わり、いよいよ長嶋の引退挨拶である。あたりは夕闇に包まれつつあった。スポットライトがマウンドに当たる。まるで最高に演出された映画のエンディングのようであった。

そして、あの有名な「私は今日ここに引退しますが、わが巨人軍は永久に不滅です!」を聞くのである。

ああ、“ ナガシマ ” 現役時代を共に生きたことに感謝だ。