氾濫する “ 多様性 ”

日本 雑記

Vol.2-11.15-671  氾濫する多様性
2021.11.15

SDGs(持続可能な開発目標)と並んで最近氾濫する言葉が “ 多様性 ” である。

※ 多様性とは、幅広く性質の異なる群が存在すること。 性質に類似性のある群が形成される点が特徴で、単純に「いろいろある」こととは異なる。と解説がある。

NHKは「多様性」はSDGsを実現する上で大事なキーワードとして、SDGsのスペシャリスト、慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授の蟹江憲史氏を招いて「SDGsキャンペーン」を行っている。

蟹江氏は、
『性別・年齢・国籍などの「属性」の多様性と、価値観やライフスタイルなどの「思考」の多様性。最近では、女性管理職の割合を増やす取り組みや、LGBTQこれらも多様性を高める動きのひとつとし、日本は島国でもあるせいか同質なものを求める傾向があるので、多様性を意識的に考えなければいけない』と教える。

さらに、
日本の場合、「ジェンダー平等を実現しよう」の達成度が低く、ジェンダー的な多様性の必要性を強調する。

持続可能な開発を進めるために、すべての学習者が、人権、ジェンダー平等、地球市民の精神、文化など、さまざまな多様性の尊重につながる知識とスキルを身につけることを掲げる。

『特に日本は、意識しないと社会の多様性が見えにくい国です。でも、日常生活の中にも、探せば自分と異なる人と出会うきっかけが本当はたくさんあると思います。まずは、身近なメディアを通して、自分とは別の境遇で生きている人のことを知ることが、多様性を理解し受け入れ合う第一歩』

日本の遅れを指摘している。

このように、NHKは「SDGs」と「多様性」をテーマにテレビ、ラジオ双方で大キャンペーン中である。

戦後NHKがGHQの指導の下放送した「真相箱」のようである。やたら、「日本が・・・」「日本は・・・」が出てくる。

「SDGs」と「多様性」を知らなければ人間にあらず。のような同調圧力を感じるNHKの最近のこの急激なキャンペーンの意図はどこにあるのか。政権内にあるLGBTやジェンダフリーに慎重な姿勢へのアンチテーゼのようにも思える。

先日のジェイソン・モーガン麗澤大学准教授の話ではないが、アメリカ保守系雑誌・ニュー・アメリカンによれば、「SDGs」は「持続可能な発展」とは関係なく、本当の目標は「全世界の社会主義化」だとしたことが頭をよぎる。

人権、ジェンダー平等、LGBTQ、地球市民の精神等々、日本は遅れており、世界の潮流に取り残さてはならない。とする洗脳手法。

例えば
日本の場合、『ジェンダー平等を実現しよう』の達成度が低く、ジェンダー的な多様性が課題
特に日本は、意識しないと社会の多様性が見えにくい国です
日本は島国でもあるせいか同質なものを求める傾向があるので、多様性を意識的に考えなければいけない。
「日本」 がことさら否定される。GHQと同じ手法である。

そんな折、面白いコラム記事(産経新聞)を目にした。
イスラム思想研究者・飯山陽(あかり)氏だ、

『しんぶん赤旗は10月24日、「多様性の統一で新しい政権を』という見出しの記事を掲載した。見た瞬間、一瞬わが目を疑った。これほどの短文にこれほど明白な矛盾が凝縮されている例も珍しい。

多様性とはお互いに異なる人や生物の集まりの意である。お互いが異なるから多様性なのであり、それが統一されてしまってはもはや多様性は存在しない』

ジイはなるほどと膝を打って笑ってしまった。さすが “ あかり様 ” だ。それが志位委員長と聞いて二度びっくり。このフレーズの本質は異論を認めない「全体主義宣言」だ。とあかり先生は指摘した。

同じように、
『毎日新聞11月2日に眞子さんの結婚会見を「自分の国で生きることができないプリンセスの亡命宣言」とする作家・北原みのり氏の意見を掲載、氏は日本社会は若い女性が安心して生きていけない、世界のジェンダー平等からかけ離れた社会だと非難した。』

『しかし、多くの日本国民にとって皇族は特別な存在だ。また日本では表現の自由が認められている。眞子さんに幸せになっていただきたいと希求する国民が、当該結婚に関して吐露した不安や懸念にさえバッシングというレッテルを貼るのは不当である。』とあかり氏。

あかり氏の言うように、国民の心配の声さえも “ バッシング ” とされ、“ ジェンダー平等からかけ離れた社会だと非難 ” する。ここに “ 多様性 ” とは何ぞや、“ SDGs ” とはという疑問がわいてくるのだ。右向け右、のごとく一直線に走ってしまう今の風潮。それを主導するNHK、多様性の強制で多様性を封じているのではないか。

NHKが言えば何でも正しいと思ってしまう人もいるだろう。
一時、行き過ぎたジェンダフリーに歯止めがかかって、落ち着いたかと思いきや、“ SDGs ” でまた復活した。

昭和の “ 真相箱 ” ではないが、朝からばんまで “ SDGs ” 。“ 多様性? ” ある自分を信じ、全体主義的動きには一歩引いて冷静に観察することが必要ではないか。