“ 太平洋ひとりぼっち ”

日本 雑記

Vol.2-11.26-682  “ 太平洋ひとりぼっち ”
2021.11.26

今から60年前、23歳の一人の青年が「マーメイド」号という小さなヨットで密かに兵庫県西宮を出港しサンフランシスコに向かった。

誰も挑戦していない。単独無寄港太平洋横断、サンフランシスコまで7000マイルのとんでもない計画だ。

当時、日本の法律では小型ヨットで国外へ出ることは出来なかった。堀江氏は仕方なく密出国という形で秘かに西宮の港から出発。
1962年5月12日の夜、ヨット部の先輩2人だけに見送られた寂しい門出だった。

<当時の状況をWikipediaは>
「8月10日に家族から捜索願が出されたことを受け、大阪海上保安監部は “ 自殺行為 ” とみて全国の海上保安本部へ “ 消息不明船手配 ” を打電し、不法出国問題より、救助を先決にしていた」

「堀江がサンフランシスコに到着したとの連絡を受けた大阪海上保安監部救難係は、『アメリカからは直ぐ不法出入国者として強制送還され、日本に着くと直ぐ捕まえられることになる』と話し、また、同監部警救課長は「こんな真似をされては困る。ヨット同好者などが、このような “ 冒険 ” を称賛するようなことがあればとんでもない間違いで、海の恐ろしさを知らぬ “ 人命軽視 ” だ」と非難した。なお、大阪入管事務所は『小型ヨットは一般旅客とみなされるので当然ビザが必要になる。たとえ申請があっても許可しないのは常識』と話した。」

「しかし、サンフランシスコ市長ジョージ・クリストファーが『コロンブスもパスポートは省略した』と、尊敬の念をもって名誉市民として受け入れ、1か月間の米国滞在を認めるというニュースが日本国内に報じられたところ、日本国内のマスコミ及び国民の論調も手のひらを返すように、堀江の “ 偉業 ” を称えるものに変化した。」

「その後、帰国した堀江は密出国について当局の事情聴取を受けたが、結果、起訴猶予となった。」

この時、ジイは中学生だったが、よく覚えている。
それは翌年、人気絶頂の石原裕次郎主演、市川昆監督によって映画化されたからだ。

題名は「太平洋ひとりぼっち」
題名がかっこよかった。弾けるような青春の無鉄砲な生き様が題名に宿っていた。生きるか死ぬかのアクシデントなどを乗り越えて、無事サンフランシスコに到着するまでを描いている。

それにしてもさすがアメリカだ、粋な対応によって堀江氏は一躍時代の寵児になった。

マーメイドはサンフランシスコの米国立海洋博物館で保存・公開されている。

その堀江氏、現在83才だ。今回また、世界最高齢「単独無寄港太平洋横断」の計画を発表した。

ジイは、昔、江の島からアジ釣りで乗り合いの船で海に出たことがあった。釣り場につくまでは良かったが、留まっていざ釣り糸を垂れたはいいが間もなく気持ちが悪くなった。ほとんど船上で寝ていた。ヨットなんか10分も乗っていようものならすぐにお陀仏だ。

太平洋横断。平穏な日々の方が少ないであろう。まさに暴風雨の中、生きるか死ぬか、広い太平洋のど真ん中に “ たった一人ぼっち ” である。負ければ死だ。精神力と体力の限界への挑戦である。ただただ、凄いことだと思う。憧れである。

三浦雄一郎さんにしろ、この時代の人は強い。うらやましい限りだ。

今回は「サントリーマーメイドⅢ」で米サンフランシスコを来年3月出発する。

2ヶ月半の恐怖との闘いの旅だ。成功を祈りたい。