羽生結弦の芸術

スポーツ 日本 雑記

2021.12.28-714   羽生結弦の芸術
2021.12.28

右足首のケガでほぼ8カ月ぶりの公式戦出場となった全日本選手権。

「僕に期待されるのであればやるしかない」そう言いきった羽生結弦選手、SPが始まる練習時間で「クワッドアクセル」という前人未到の4回転半に挑んだ。

まだ、完璧ではなかったがほぼ完成に近いと予感させる出来栄えだった。

全日本選手権、ここ10年は羽生結弦と宇野昌磨が優勝を分け合ってきた。若手の台頭もある中、ここ3年定位置のように3位に入っている鍵山優真がその筆頭である。

しかしまだまだ第一人者の存在に揺るぎはなかった。ケガの不安をよそに羽生結弦は堂々の優勝を飾った。現時点で他の選手と存在感において別格である。

4位三浦佳生(16才)、6位三宅星南(19才)、佐藤駿(17才)の選手は10代だ。4回転ジャンプは普通に飛ぶ時代になった。

ここ10年、全日本で優勝を分け合ってきた宇野昌磨選手。技術力、表現力において羽生選手に最も近い存在である。違いがあるとすれば魂の入れ方の違いではなかろうか。

羽生選手の表現にはスケート場に入る時に必ず氷に触れる。氷と我が身が一心同体であるが故の儀式とジイはみている。

演技が始まる表情は失敗するしないという以前に、まるで能楽師がこれから能舞台で踊りを披露するがごとくの顔つきである。

これから始まるステージは俺の舞台だ、俺の演技を観ろ。と言わんばかりの挑戦的な目を客席に投げかける。すでにフィギアスケートの試合感覚ではない。

この時点で、観客は羽生結弦ショーの世界に引きづりこまれてしまう。
バックに流れる音楽は結弦の魂とシンクロし、決して離れることはない。氷と音楽と結弦と観客が一体になった4分の氷上演舞である。

この羽生結弦のフィギアは他の選手とは別物と感じさせるのは、物事の捉え方に魂が込められているからだとジイは思う。つまり羽生結弦と言う人間の生き方すべてが反映さされているのである。

つきつめれば、我は日本人であるという強い意識。あの東日本大震災を経験した岩手県仙台市の出身であるという意識。五輪に臨めば、日本を背負うと言う意識。彼には一つ一つ闘いに俺流の魂を込めている。全てに対しておろそかにしない生き方である。

2014年2月、ロシアで開催のソチオリンピックで表彰後、シカゴ・トリビューンの記者フィリップ・ハーシュから東日本大震災について質問を受けた。その回答が羽生結弦の魂を象徴している。

「金メダルをとったからといって、復興に直接つながるわけではない。自分には何もできていないんだという無力感がある。でも、金メダリストになれたからこそ、これをスタートとして、復興のためにできることがあるんじゃないかと今は思っています」と語ったのだ。

この質問をしたハーシュは「僕にとってソチ五輪でもっとも忘れられない瞬間は、誰かが成したことではなく日本の羽生結弦が言ったことだ」とツイートし、「19歳とは思えない成熟と謙虚さ、細やかな感受性をもって、この勝利について語った」と羽生を称える記事を書いている。

今回の全日本選手権の後、日本代表会見で初めて五輪3連覇への思いを語った。
「3連覇を決意したのは、・・・やっぱりジャージーに腕を通したときに、あ~、これが五輪だなって」と、明かし、 

五輪・・・世界のレベルは間違いなく4年前よりも上がっていることも痛感している。

「・・・・・負ける確率の方が間違いなく平昌五輪より高いと思います・・・」。ただ、日本を身にまとう中で、心の奥底にしまっていた熱い思いがわき上がってきた。

「でも、このユニホームを着た時にこれは勝ちにいくんだな、勝ちにいかなきゃいけないんだなって、改めて思わせてもらった。

五輪って発表会じゃない。やっぱり勝たないといけない場所なんです。僕にとっては。また強く、決意をもって、絶対に勝ちたいなって思いました」と、言葉を噛みしめた。

羽生は五輪2連覇を達成した平昌五輪後、「最終目標」と語るクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)の成功を追い求めてきた。

再び五輪へのチケットを手にした
「出るからには、勝ちをしっかりとつかみ取ってこれるように。3連覇の権利を有しているのは僕しかいないので。夢に描いていたものではなかったかもしれないけど、夢の続きをまたしっかりと描いて、前回、前々回とはまた違った強さで五輪に戻りたい」と決意を口にした。

スポーツ選手の寿命は短い。今度の北京大会が最後の五輪になる可能性は高い。
集大成となるかもしれない羽生結弦の芸術をしっかり見届けたい。