金正恩10年の軌跡

世界,日本,雑記

Vol.3-01.18-735  金正恩10年の軌跡
2022.01.18

金正日総書記が死去したのが2011.12.17。金正恩はその月の30日に朝鮮人民軍最高司令官に就任した。

それから丁度10年になる。

初めて見た時は坊ちゃんみたいな顔をして大丈夫かなと思ったが、金正日総書記の葬儀の時、棺を乗せた特別車に寄り添い敬礼する金正恩の姿が、ことのほか落ち着いて堂々としていたように思った。
その正恩、まだ、10年程度しか経ってないが数多くの出来事のせいか、まだ10年か、と感慨深い。

~その10年を振り返る~
就任2年後の2013年には、3回目の核実験を行った。その反応に核の威力を確信したのか、経済と核兵器開発の「並進路線」を国家方針として決定した。

このあたりから自分の立ち位置を掌握し、独裁の生き方を自分なりに決定したと思える。

自分の権力基盤を急ぐ中で、あろうことか身内から粛清を始めた。
叔父にあたる正日の妹婿、張成沢を「国家転覆を企てた」として死刑判決を下し、即日処刑する残酷さだった。

目的は正日時代の幹部の影響力の排除、恐ろしいことに、その後も正日時代の軍幹部が次々に粛清され姿を消した。

独裁権力者というのは、自分で築き上げた側近でなければ誰も信用できないという恐怖心があるのだろう。

その後、
2016年1月 4回目の核実験を実施。
2016年8月 弾道ミサイルを日本のEEZ内に発射。
2016年9月 5回目の核実験
2017年2月 テレビニュースでも何度も流されたので見られた方も多いと思うが、異母兄弟、正男をマレーシアの空港で毒殺するという派手な殺人を行ったのには驚いた。
2017年9月 6回目の核実験
2017年11月 新型大陸間弾道ミサイル「火星15」を発射。「国家核戦力完成」を宣言。
2018年4月 には愛人?文在寅大統領と板門店で南北首脳会談を行い「完全非核化」方針を確認。
2018年6月 にはお互い罵り合っていたトランプ米大統領と史上初の朝首脳会談を行った。非核化交渉の期待は高まったが、翌2019年42月のベトナム・ハノイでの再会談が決裂。

非核化は遠のき、再びミサイル実験が始まった。度重なるミサイル発射や、核実験の度に経済制裁が科されるが、ミサイルの実験が収まることはない。なぜ?どこにそんなお金があるの?となるが、世界は一筋縄ではいかない。

どんなに国連で制裁決議をしても守らない連中がわんさといる。海に落ちたミサイルを分析すると、驚くことなかれ、ソ連、中国、英国製、アメリカ製の安価な部品が使われている。国連とはどんな機関かと改めて考えてしまう。

中国が世界の名だたる機関の幹部に人材を送ろうとする意図が分かろうというものだ。日本のように品の良い振る舞いだけではいずれ中国に独占される。国連脱退もありうるかもしれない。

唯一、金正恩が評価されるのは市場の拡大を図ったことだ、そのお蔭で就任後3、4年は順調に経済が上昇した。そのまま行けばよかったが、度重なるミサイル、核実験によるアメリカの制裁はボディーブローのように効いた。

昨年の軍事パレードでは「防疫前線、自然災害復旧への将兵の献身には感謝の涙なしにはいられない」と涙を流し、「国を率いる重責にあるが、努力が足らず人民が困難な暮らしから抜け出せないいる」と謝罪した。

過去、こんな姿をみせたことはなかった。これはこの10年で学んだ独裁者でありながらも真から信用できない側近、信頼できるのは妹の与正氏しかいないという孤独から、人心掌握の必要性を学んだのではないか。孤独への恐怖である。

金正恩総書記は38歳。まだ若いからいいが、独裁維持は本人の健康と与正氏のサポート、信頼おける側近の育成だ。それと徐々に性能を上げた弾道ミサイルだ
スカッドミサイル・・・1000km
ノドン・・・・・・・・1300km
ムスダン・・・・・・・3000km
火星12号・・・・・・・5000km
火星15号・・・・・ ・10000km

金のない中で、安い部品を集め、科学者に高い金を払い、安心できる側近を見極めつつ、ロシア、中国の後ろ盾も不安定な暗黙の中にある。さらに米国と対峙する。まあ、大変な事だろう。

アメリカと同盟を結ぶ日本に協力を求め、拉致被害者を全て返し、本音でつきあえば最高の未来が来ることは間違いない。ないない尽くしで怯えつつの独裁は心休まる暇はないであろう。

今年に入ってすでに4回のミサイル発射とは気でも狂ったか。

冷静になって、よ~く考えるがいい。そうすれば必ず気がつく。信頼できるのは日本しかないということに。

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