鳥越俊太郎という病気

Vol.3-3.20-796   鳥越俊太郎という病気
2022.03.20

ヤフーニュースを見て驚いた。

「ウクライナのゼレンスキー大統領が23日に日本の国会でオンライン演説を行う予定であることを受け、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が17日に自身のツイッターを更新。激しい反対の意向を示した。」

鳥越氏は「ウクライナ大統領が日本の国会でオンライン演説をするそうだ。紛争の一方の当事者の言い分を、国権の最高機関たる国会を使っていいのか?国民の声も聞かずに!中国・台湾紛争でも台湾総統の演説を国会で流すのか?」とツイート。ゼレンスキー大統領の国会演説に疑問を呈した。  

さらに「私はゼレンスキーに国会演説のチャンスを与えるのには反対する!どんなに美しい言葉を使っても所詮紛争の一方当事者だ。台湾有事では台湾総統に国会でスピーチさせるのか?」と猛反対。「紛争の当事者だ。何を言うか、分からんねぇ?国民は許さない。たとえ野党まで賛成してもだ」と持論を展開した。

というのだ。過去にもいろいろ物議を醸す発言があったが、よくよく考えると、世間に対する不満が消えない人のようだ。

「日本も嫌い、世間(自由民主主義)も嫌い、幸せな人を見ると腹が立つ」これをジイは「鳥越俊太郎病」という。その原因はいろいろあろうが、最大の原因は最も多感な少年から青年期において、無償の愛情に恵まれなかったことであろう。推測だが優しさとは無縁の人生を送ってきたと思える。ある意味、可哀そうな人ではなかったのか。

82才になり、“ さだまさし ” ではないが、“ ああ、いい人生だった ” と未だ言えない鳥越氏の人生。悲惨としかいいようがない。

それはさておき、日本は自由な国である。たとえ総理大臣を批判してもどこかの国のように逮捕されることはない。鳥越氏が何を発言しようと個人の自由であるが、この発言の中に明らかにおかしいと思うことがある。それに、82才のトシを考えるとTPOの基本概念はすでに飛んでいるかもしれないが。

おかしいと思う<その1>
「どんなに美しい言葉を使っても所詮紛争の一方当事者だ
「どんな美しい言葉」とは具体的にどの部分を指すのか。戦争被害者が危機においてなお「私たちは決してあきらめない」という言葉が美しいとでもいうのであろうか。

平和な日本にいて、ロシアの無差別な残虐な行為に、命を懸けて戦場の第一線で戦っている人間に対して言う言葉か。信念があるなら、ウクライナの最前線に行って直接発言してみなさい。ジャーナリストの端くれならそれくらいはやってみればいい。歳を理由にすべからず、80才を超えエベレストに登った三浦雄一郎に笑われる。

<その2>
「紛争の一方の当事者の言い分」というが、誰の目から見ても国際法を犯して国境を越え、戦車で侵略したのはロシアである。紛争ではなく侵略者と被害者である。当事者という言い換えは等は、まさに今回のプーチンと発想において同質である。

<その3>
「国民は許さない」というが、政府は国会の承認を得て経済制裁を実行している。国会承認は国民の総意である。鳥越氏のいう「国民は許さない」とはどこの国民のことをいっているのか?。国民に選ばれた国会議員によって、国会が賛成多数で決めたことは国民の意思そのものではないか。あなたの信奉する〇〇主義とは根本的に違う。

鳥越氏は以前、NHKの番組で、尖閣防衛の話しになった時、「どこが攻めてくるんですか?」と白々しく語ったことがあったが、この人間は骨の髄まで反日左翼だと認識を新たにしたことがあった。

今も、思想は反日・反世間で乱れはない。日本に生まれて日本を愛せずどこに骨を埋めるのであろうか。鳥越氏にはお金も自由もある。できれば愛する国に帰化し穏やかな晩年を過ごされることをお勧めしたい。

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日本,雑記

Posted by 秀木石