林真理子・日大新理事長への挑戦

Vol.3-6.4-872   林真理子・日大新理事長への挑戦

2022.06.04

<Yahooニュース>

「日大新理事長に林真理子氏 芸術学部卒、来月就任へ―改革意思や実行力評価 理事長選考は、学外の有識者ら4人を含む計6人の委員が、書面や面談などを通じて行った。 選考委は理由書を公表し、林氏が「日本文芸家協会」の初の女性理事長として、自らイベントを企画立案するなどの実績を挙げたほか、大学再生への固い決意や実行力を指摘」とある。

日大の腐りきった理事長周辺の匂いを完全に消し去るのは大胆な改革が必要であることは誰もが理解するところだ。

そんな中、理事長候補に上がったのが作家の林真理子氏だ。言わずと知れた日大出身の直木賞作家である。

彼女の日大への愛は強い。その打診を受けた後の発言である。

「大きな改革をしなくちゃいけないと肝に銘じている。愛校心は誰にも負けない」と発言、要請があれば受ける意思を示した。

選考委は理由書を公表し、「強い愛校心」にも触れ、「途中で投げ出すことのない胆力や誠実かつ真摯に物事に取り組む姿勢を持っている」

大胆な変革、バケツをひっくり返すほどの必要性を感じていたが、前理事長ともしがらみのない林氏が選ばれたことは、日大の改革への覚悟も感じられる指名である。

ジイは反射的に、33年前の正月、昭和天皇がお亡くなりになった時の林氏の特別寄稿文が頭に蘇った。この時の印象が今も強く残っている。

『あの方が好きだった』(その一部)

・・・・・そう、あの頃は時代も今とは違っていた。授業中、先生たちは「天皇の戦争責任」をよく口にした。そして庶民たちのあの一種の意地悪さ。私は今でもよく覚えている。

・・・・・「テンちゃんだ」
という声は、東京オリンピックで、陛下が開会宣言なさるまであったはずだ。

ともあれ、私には右がかる素地は全くなかった。このコースでいくと、皇室には全く興味を持たない大人になるのがふつうだ。事実、私の同世代はほとんどこうなった。

ところがどういうわけか、私は長じるに従い、天皇陛下が大好きになってしまったのである。

敬愛するとか、お慕い申し上げるという気持ちではなく、それはまさしく「好き」なのである。あの方が動物園に出かけられたり、植物を手にとったりなさる表情が私は大好きだった。子どもが珍しいものを手にした時と全く同じように、つっと背を伸ばし、唇をやや開かれる。

これほど純粋に好奇心をあらわに出す人を私は他に知らない。すべてに全力をつくされるのだ。

宣言文をお読みになる時も、署名をなさる時も、全身全霊を込めて一生懸命なのは傍目からもよくわかった。行動や言葉のひとつひとつに、たくまざるユーモアがあり、清々しさがあった。私はこの人のことをもっと知りたくなり、さまざまな本を買ったものだ。友人たちは私の本棚に「皇室辞典」が並んでいるのを見て、ギョッとするが、それなどほんの一部である。「天皇陛下のお言葉集」なんていうのも私は持っているのだ。

歴史の観点から見たドキュメントや、戦争責任に言及したものもいろいろ買ったが、私が好きなのはやはり、ひたすら陛下を讃え、その人柄に触れたものだ。

それはまさしく “ おとぎ話 ” なのである。

むかしむかし日本に王子さまが生まれました。地味でどちらかというと不器用なお人柄にお育ちになりましたが、その純粋さ、無私のお心はたとえようがありません。戦争があって国民が困り果てていた時、当時王さまになっていたその方は、自分がすべての犠牲になろうと決心なさいました。

「私はどうなってもいい。国民を助けてくれ」

とおっしゃった言葉に、アメリカの兵隊の親分は感激してしまいました。そして日本は救われたのです・・・・・。

もちろん綺麗ごとすぎるのはわかっている。けれども私はこのおとぎ話が好きで何回も繰り返し読んだ。

“ 無私 ” であること。これが私を魅きつけたいちばんの原因ではないだろうか。大人になった私は、欲望を持つことをよしとし、それをかなえるために努力してきた。努力すれば多少願いはかなう。しかし願いがかなうと、さらに望みは大きくなり、人への妬み心はふくれあがる。そんなジレンマと戦ってきた私にとって、まったく無欲で、 “ わたくし ” というものを持たない人間は、それだけで不思議な存在であり、心をとらえて離さないのだ。

陛下が戦後復旧のため、全国を巡幸なさったことがある。このフィルムを見るたびに、私は泣けて仕方ないのだ。炭鉱で、農村で、陛下はいつもにこやかで、ひたむきだった。その方のまわりに、今では考えられないほど近い距離に、多くの人々がいる。彼らは陛下万歳を叫び、そして涙するのだ。

この時代、庶民たちもひたむきで、純粋に私には見える。「お互い大変でしたね」と手をとらんばかりに近づいていく。

これがおとぎ話でなくてなんだろうか。こんなにしっかりと人が寄りそうことが、メルヘンでなくて何だろう。今日、私のおとぎ話の主人公が遠くへ消えてしまった。

だから久しぶりに泣いてしまった私だ。

そこには無念さもある。いつの日か、えらい人になって園遊会にお招ばれしたい。そしてあの方からお言葉を賜りたい。それは私の密かな夢であった。けれど間に合わなかった。その涙もある。私は泣きながらも “ 無私 ” にはなれない。・・・・・1989.1 林 真理子

ジイはこの一文のみで林氏を信用した。

本日の朝刊に
「(日大)田中前理事長と関係が引き続きあるのではと疑念を持たざるを得ない」・・・「田中派と目される人物が “ 挙党体制 ” を訴えて影響力保持を試みようとしていたことも浮上」との記事だ。

巨大組織である。一筋縄ではいかない。闇に埋没しないようマスコミも味方につけ、巨大な壁に立ち向かって欲しい。

33年前の心意気ありしか、全身全霊をかけただひたむきに頑張れ!心から応援したい。

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日本,雑記

Posted by 秀木石