<独裁・中国>に<堕落・日本>

世界,日本,雑記

Vol.3-7.1-899   <独裁・中国>に<堕落・日本>

2022.07.01

愛すべき中国 今はなく、近くて遠い国になってしまった。

仏教、漢字、書、漢詩、孔子に孟子、三国志等々中国から受けた数々の文化は日本の歴史に多大な影響を与え続けた。

國破れて 山河在り 城春にして 草木深し ・・・

春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く・・・

君子、危うきに近寄らず
過ちを改めざるこれを過ちという
過ぎたるは なお及ばざるが如し

などの漢詩や論語、今日、まるで日本語のように生きている。

古の昔、空海は遣唐船に乗って中国に渡り、恵果和尚から密教を伝授された西暦800年、、、中国との結びつきは語りつくせないほど深い。

今では、語るのに注意が必要である。

楊海英氏に言わせると、

◇メディアと学界において中国を語る際、必ずといっていいほど媚中派か嫌中派か判断される

◇市民社会でも、中国が好きか、嫌いか、あるいは中国を敵視しているか、礼讃しているか、求めてくる

在日中国人からの圧力もある。
◇ありのままの中国を客観的に書いても批判される。民主主義国家にいながら、独裁政権を礼讃し擁護する。「実家たる中国」について常に思考停止の状態にある。

あとは中国本土からの圧力である。

今の中国は、民主主義の制度・法律を武器に使いながら民主主義国にいる専門家を黙らせようとする干渉。

楊氏のコラム記事の一部をそのまま紹介したい。

「中国からの攻撃に日本は完全に無策である。したがって中国学の専門家には安全感がない。現に国立大学の研究者が中国に呼ばれて中国の研究機関を訪問した際に拘禁された事件も起こっているではないか。国家としての日本はある意味、無責任にして無能である。

私が安心できない最大の理由は、日本政治の中枢部に正真正銘の媚中派勢力がはびこっているからだ。2020年秋から内モンゴル自治区でモンゴル語教育が事実上、廃止に追い込まれた。新疆ウイグル自治区では100万人以上のウイグル仁が強制収容され、女性は組織的に不妊手術を施されているにもかかわらず、人道上の観点から指摘しようとしない。ジェノサイドと示す膨大な量に上る公文書と数千点もの写真が公開されてもまだ証拠不十分だと強弁する。

こうした政治勢力は確信犯の域を越えて、もはや人道に対する犯罪ほう助犯になっている、と指摘しておかねばならない。

人道に対する犯罪者のほう助犯たちが糾弾されず中国の実態について語る専門家に厳しいのが、日本社会の現実である。そういう意味で日本は決して成熟した民主主義国家ではない。むしろ独裁国家中国の属国に堕ちていると理解した方が、諦めがつくかもしれない。

政界だけではない。経済界のブルジョアジーはだれよりも沢山、中国関連本を読んでいるはずだ。にもかかわらず、金儲けを優先し、人権には基本的には無関心である。

日本の読者は安全だ。さまざまな中国論の書物を大量に消費しながらも理解が深まったようには見えない。世界のどこよりも『三国志』『水滸伝』を読んでいるにもかかわらず、中国社会の混沌とした実態をみようとしないで、美化するか貶すかの中国観しかない。

中国論も実際は中国の文化や歴史に関する体系的な哲学というよりも、一種の形を変えた日本論である。中国を語ることで、日本を語ろうとする。中国を礼讃することで日本を批判するか、さもなければ逆のバージョンになる。そして、この中国論は日本国内の世論の分断をもたらしている。対中認識の不一致は確実に国民の思想的分断をもたらし、国家の存亡に関わる水域に達していると指摘しておきたい。」

実に厳しい指摘である。「日本政治の中枢部にはびこる媚中派」「金儲けを優先し、人権には無関心の経済界」。

ジイも全く同感である。温厚な楊氏がここまで厳しい言葉で指摘をせざるを得ないほど、日本・中枢の堕落が目に余るということだ。我慢に我慢を重ねた上でなお、日本を愛するが故の慟哭のようにも聞こえる。

中国で生まれ、中国で育った人間だからこそ見える客観視された日本。

金に目がくらんだ日本経済界、それを後押しする媚中派、この慟哭に何人の心ある日本人の覚醒があるだろうか。

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