“ ゴルビー ” 死去

世界,日本,雑記

Vol.3-9.3-963  “ ゴルビー ” 死去

2022.09.03

8月30日、ミハイル・ゴルバチョフ氏が91歳で亡くなった。

平成3年に初来日し、海部俊樹首相との間で交わされた日ソ共同声明に初めて北方4島を明記、ゴルバチョフ氏への関心が高まり、気さくな人柄も功を奏し “ ゴルビー ” と愛称がつけられるまで人気が高まった。

確かに、歴代の大統領と違い人相は至って温厚で柔軟な思想家を想像させた。人柄も日本人好みであったかもしれない。

我々一般的な感覚では、
①ペレストロイカ(債権)路線を主導した
②グラスノスチ(情報公開)路線
③ブッシュ大統領と中ソ対立を終結、冷戦を終了させた
④米ソ間の核戦力縮小に貢献
④ソ連崩壊に導く・・・ 等を思い浮かべる。

ゴルバチョフ氏の死に接し世界の評価は分かれる。ロシアは当然のように「ロシアを崩壊させた張本人」、欧米は「冷戦を終了させ、鉄のカーテンを取り除くのに重要な役割を担った」と称賛した。

バイデン大統領・・・「驚嘆すべきビジョンをもった稀有な指導者」と称賛
韓国・尹錫悦大統領・・・「韓国とロシア間の友好、協力関係の確固たる枠組みを整えた先駆者だった」
韓国聯合ニュースは「ゴルバチョフの決断なしには『電撃的国交正常化は困難だった』と伝えた。

そんな中で作家・佐藤優氏が興味深いコラムを書いている
「ゴルバチョフ元ソ連大統領は共産党体制にいながら体制を崩した歴史的役割を果たした人だった。

彼の死は西側諸国と共通の言葉で対話できる大物がロシアからいなくなったことを意味し、大国間協調を目指すポスト冷戦体制の終焉を示す象徴的出来事といえる。

西側は冷戦終結に導いた殴米的な自由主義思想の持ち主と思いがちだが、実際は共産主義思想やソ連を強固にするとの考えを最後まで捨てていなかった。

・・・ただ、ゴルバチョフ氏は現実主義者でもあった。・・・自由や民主と言った価値観一点ばりではない、彼のようなリアリスト的な考えがより重要になるだろう。」と書いている。

つい最近、昨年制作のゴルバチョフのドキュメンタリーを見た。その中で自ら好きな詩を朗読した。

<エセーニンの詩>

山は高くそびえ

ふもとには森が茂る

緑深き森 これぞ楽園

木立のわきを流れる川

鏡のようにきらめいて

緑の渓谷を川は流れてゆく

静かな川 岸には舟がつながれ

柳が3本 こうべを垂れる

悲しみにくれるかのように

悲しいのは美しい夏が終わるから

冷たい風が吹き

木の葉は はぎとられ

川にながされてゆく

愛しい川よ 春はまた来る

しかし 若さは戻らない

二度と戻ってこない

友よ永遠にわが胸に

別れは再び会う日の約束

エセーニン

これが、ミハイル・ゴルバチョフである。

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