バラが咲いた
Vol.1-5.16-123 バラが咲いた
2020.05.16
♯♭~バラが咲いた、バラが咲いた、真っ赤なバ~ラ~が~、、、♯
赤ではないが、もう咲かないかなと思っていたバラがピンクの花を咲かせてくれた。
いつも2輪だ。忘れないで必ず咲いてくれる。ろくに面倒も見ないのに。
ほとんど世話をしたこともないのに律儀に毎年咲いてくれる。
今年は特に感動というか、いつも家にいることが多いせいか殺風景な庭をほんの少し華やかにしてくれた。
重たげに頭を垂れるピンクのバラを見て、窓から赤鬼が「ひもでくくって」と指示を出す。自分ではやらない。
ウオーキングの都度見る他人様の庭に咲くバラは実に見事だ、1輪、2輪どころが、まるでバラ園のように何十個と咲き乱れている。
1軒や2軒ではない、どこの庭のバラも素晴らしく咲き誇っている。
我が家のバラは最初からしおれたような顔をしている。
恨めしそうに、、、バラをみるジイの顔をじっと見る。
「これで精一杯」「今年あたりでもういいでしょうか?」なんて聞いているようで切ない。
20年ほど前までは庭側は南面で日当たり抜群、以前は林であったところを畑にし、花を植えたり、時には休耕地であるようなただ広い土地が開けていた。隣接地にはまだ雑木林があり、環境は決して悪くなかった。
ただ、春先になると毎年のごとく春一番から連なる春特有の強い風が畑の土を舞い上げるのである。これには正直閉口する。
野菜の植え付け前の畑は、関東ローム層という、まるで小麦粉のようなサラサラの土が空一面に舞い上がり数十メートル先が見えない程の砂嵐になる。この地域特有の最もいやな「ほこり高き風物詩」である。
通勤時間に遭遇すれば最悪である。前も見えないほどの砂ぼこりの中を駆け抜けなくてはならない。1日で終わるものではない。ジイにとって3月は恐怖の月である。
このすさまじさは、雨戸を閉めても入り込むほどの細かい粒子である。
この春の砂嵐がなければ空気はいいし、都心へのアクセスもまずまず、居住地として決して悪くない環境である。
その裏の畑に宅地開発が入ったのだ。
どうか、「隣接には道路ができますように!!神様、仏様」と祈ったが、最悪だった。
南隣接、ぎりぎりに建物が建ち始めた。
冬の期間、庭には一切日が当たらなくなった。1階の部屋に辛うじて日が差し込む程度だ。
バラは、その南の仕切りフェンス前でさしづめ暗黒街に咲く美の妖精となった。ああ、、、可哀そうなバラよ。
そのバラが春になり花を咲かせやっと気が付く。なんて冷たいジイだ、バラのことは忘れていた。
それでも健気に ¨私もいますよ¨ と言わんばかりに花を咲かせる。
日陰者?だ、咲いても1、2輪あまり気にしていなかったのである。そう言えば近所には日陰でもたくさん花を咲かせているお家がある。
そうだきっと愛情が足らなかったのだ。バラに声をかけることすらなかった。手塩にかけて育てれば必ずもっと多くの花を咲かせてくれるのではないか。
気を取り直しちょっと調べてみた。バラそのものは日当たりのいいところを好むとあるが、日陰に強い品種のバラもある。品種を変えるなどは忍びない。ただ「四季咲」のバラでなければ何とかなるとある。そこに望みをかけよう。
なるほど、春しか咲かないのでまあ日陰でも何とか花を咲かせているのかな、、、と納得。
花が咲いて思い出すようではあまりにも可哀そうだ。花が散った後の1年、孤独に耐える日々がほぼ350日、、、あ~~申し訳なかった。ジイは反省した。
そう思うと、今それとなく咲いているバラが、愛おしく、愛おしく抱きしめたいほど愛おしくなった。
これからはいつもバラのそばにいよう。花を落としても、来年のために肥料をやり水を欠かさず。いつも声をかけ、忘れないようにしようと誓った。・・・ある晴れた春の何気ない一コマでござった。