ああ、李登輝総統よ!!

Vol.1-8.1-200  ああ、李登輝総統

2020.08.1

李登輝元総統が7月30日亡くなった。97歳だった。

ついに来るべき時が来たと言う感じだ。

元総統ではなく、今なおジイの心の中は「李登輝総統」である。李登輝氏なくして今の民主・台湾はない。

台湾統治時代の日本を愛し、尊敬し、戦後の日本の変わりように失望しつつも、日本を叱咤激励し続けた。日本にとってかけがえのない台湾人だった。

李登輝、大正12年生まれ。政治活動家・農業経済学者。第4代中華民国総統、コーネル大学農業経済学博士、拓殖大学名誉博士。日本島統治時代に使用していた名は岩里 政男。とある。

昭和18年台北高等学校を卒業後、日本京都帝国大学農学部農業経済学科に進学した。昭和19年には学徒出陣により日本人として出征している。

大阪師団に徴兵検査第一乙種合格で入隊し、台湾に一時帰って基礎訓練を終えた後日本に戻り、その後名古屋の高射砲部隊に陸軍少尉として配属され、終戦を名古屋で迎えた。

◆面白い話がある。

『召集された際、日本人の上官から「お前どこへ行く?何兵になるか?」と聞かれ、迷わず「歩兵にしてください」と言い、加えて「二等兵にしてください」とまで要求したところ、その上官から「どうしてそんなきついところへ行きたいのか」と笑われた』という逸話を持つ。

夏目漱石らの日本の思想家や文学者の本に触れ、日本の思想から多大な影響を受けた。日本の古典にも通じ、『古事記』・『源氏物語』・『枕草子』・『平家物語』などに親しんだ。また、台湾総督府民政長官を務めた後藤新平を「台湾発展の立役者」として高く評価している。

台湾の公人でありながら自らを「22歳まで日本籍だった」と発言、一番得意とされる言語は日本語といい、それについで台湾語、英語というほど、日本通である。

昭和47年9月の日中国交正常化は、もともと2つの中国という認識を1つの中国に変えると言うことだ。すなわち台湾との独自外交断絶が前提条件となった。

台湾にとって悲しい “ 事件 ” である。

その為以後、台湾の政治家が自由に日本を訪問することさえままならなくなった。台湾にとっては手のひらを返すような日本の対応に内心、失望したことは間違いない。

ところが、李登輝氏は以後も決して日本への愛情と尊敬を忘れることはなかった。

その後も再三、日本に対するメッセージは実に温かいものであった。本人は事実を率直に語っているにすぎないが、日本にとっては応援メッセージと映った発言がいくつもある。台湾生まれにもかかわらず、日本の血が半分流れているのではないかと思えるほど日本を愛してくれた。

そのいくつかの発言である。

◆尖閣諸島については、台湾も領有権を主張している。にもかかわらず、李登輝氏は「沖縄県に属する日本固有の領土」であると断言。平成20年9月に沖縄を訪問した際にも、日本領土だと発言している。

例えに「おネエちゃんがきれいだからといって、私の妻だと言う人間がどこにいるのだ」といい、「尖閣諸島周辺はよい漁場で、沖縄の漁民はかつて、同漁場でとった魚を台北に売りにきた。沖縄県当局は、日本が統治していた台湾の台北州に尖閣諸島周辺の管理を委託していただけ」だとして、「第二次世界大戦後、沖縄の行政権はアメリカが掌握し、その後、日本に返還された」とその経緯を語った。

◆文芸春秋のインタビューで李登輝氏は

「前にも言ったように、尖閣諸島は日本の領土です。日本は道理に合わないことを言う中国に譲歩する必要はない」と語った。

◆平成16年12月から翌年1月にかけて、妻・文恵や長男の嫁、孫娘らを伴い、観光旅行として訪日した。その際「私人に対する査証を断る理由はない」として、査証が発給された。李登輝氏は、京都帝国大学時代の恩師である柏祐賢と再会を果たせたが、中国へ忖度した政府が、京都大学農学部の本部キャンパスの敷地へ入ることは認めず、李氏に対し日本は失礼極まる対応をした。しかし、李氏は日本の立場に理解を示した。

◆平成19年5月から6月にかけて奥の細道を訪ねる目的で訪日し、東京・仙台・山形・盛岡・秋田などを訪問した。日本兵として戦死した兄が奉られている靖国神社を参拝し李登輝氏は同神社に対し「兄の霊を守ってくれることに感謝している」と述べる。

◆平成20年9月、沖縄で講演を行う目的で訪日し、「学問のすゝめと日本文化の特徴」について講演した。講演では、日本は物質的な面での豊かさばかり重視するのではなく、日本文化の伝統の精神的側面である高い道徳心を重視し、福沢諭吉が『学問のすゝめ』の中で説いた道徳観を再構築すべきだと主張した

◆平成21年12月、台北市内で、訪台中の日本の高校生約100人を相手に『日本と台湾の歴史と今後の関係』をテーマに講演し、李氏は講演で「あなたたちの偉大な祖先の功績を知り、誇りに思ってほしい」と言い「公に尽くし、忠誠を尽くした偉大な祖先が作り上げてきた『日本精神』を学び、あなたたちも大切にしてほしい」と高校生を激励した。

◆平成22年3月「第7回日台文化交流 青少年スカラシップ」の日本側研修団の表敬訪問を受けた李氏は学生に対し「日本人は教育と政治の影響で否定的な価値観を持たされ、心理的な鎖国に陥っている。日本の気高い形而上学的・道徳的価値観と品格を大切にし、自らの歴史を肯定しなさい」と叱咤激励をした。

◆平成26年、小学学館発行の『サピオ』2月号で、「中国という国は南京大虐殺のようなホラ話を世界に広め」、「韓国や中国は、自国の宣伝工作の一環として捏造した「歴史」を利用する。その最たる例が「慰安婦」なのです」と主張。

◆平成27年8月には『Voice』9月号へ寄稿した中で「70年前まで日本と台湾は『同じ国』だった…台湾が日本と戦ったという事実もない」、「当時われわれ兄弟は、紛れもなく『日本人』として、祖国のために戦った」と発言。

このように数多く、日本へのメッセージを残してくれた。どれも率直なものである。日本へ媚を得るようなものではない。事実と、言うべきことを言う、まっすぐな精神に貫かれていた。

李登輝氏、台湾統治時代の日本の指導者を高く評価した。深く考えるときは日本語だというような外国人はまずいない。

ああ、李登輝よ!!もう、叱咤激励の言葉が聞けないと思うと寂しさははかり知れない。

ジイの心では、台湾=李登輝だった。

元台北支局長・河崎真澄氏の追悼文だ、

『30年を超えるこれまでの新聞記者生活の中で、李登輝元総統ほど「父性」を感じさせるリーダーに出会った記憶はない。・・・・・日台双方の人々に背中を見せ鼓舞し続けた。まさに理想の父親象だった。』

台湾の現実は厳しい。日本がどんな貢献ができるのか、李氏への恩返しはこれからである。

決して中国ではない。

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Posted by 秀木石