今日の一日
Vol.1-8.12-211 今日の一日
2020.08.12
遅い梅雨が明けてから毎日が猛暑日である。
東京は今日も35度を超す猛暑が予想された。
人間の体というものは暑さが始まった当初は暑い暑いで誰もかれも口に出すのは「暑い」という単語しかなかったが、今日一日の仕事の中で会社の人間から一言も暑いと言う言葉は聞かなかった。
若い人ばかりの組織であると言うこともあるが、10日猛暑が続くと人は当たり前の世界として体得するのかと漠然と考えた。
しかし、よく考えてみると、違うのかもしれない。
農耕民族の日本人は、田んぼと畑が生活の世界だった。雨、風邪、気温など、天気がその日の仕事、生活を左右する大事な要因だったのだ。だから、自然と会えば「今日は良いお天気で」「今日は暑いねえ~」「寒いねえ~」「ひどい雨だね」という言葉が出るのである。
ところが、東京近郊の若者は農業とは無縁の世界だ。天気はそれほど重要ではない。仕事の話、昨日のサッカーの結果、芸能人のスキャンダル、社内情報のやりとりになるのは当然だろう。
ジイが育った世界とは世代の違いと言うことに気がついた。
ところで、ジイは70を超え、今あるセレモニー会社のパートに職を見つけ、ちょっとお手伝いをしている。
今日は新盆を迎えたご家庭に「お盆飾り」の飾りつけを命じられた。
大きな会社の中の支社があり、その支社の中にあるさらに小さな代理店のパートである。代理店・マネージャーK氏は、ほがらかで融通が利き、いつも笑っている。一見「えべっさん(7福神の恵比寿さま)」のような好人物である。
入社1か月の私に、先月「お盆飾りに行ってもらおうと思う」と切り出した。新盆を迎えたお客様に「盆飾り」を設置させていただくサービスである。
二人一組で軽自動車に飾り道具を載せて、一軒一軒訪ね設置していく。マネージャーは一日仕事で大変だけど「特別手当が出るから」と安い時給の私に気をつかったつもりなのだろう。
前の日に集合場所に案内され、「ここで待ってればいいから」言われ、当実の朝、ちょっと早めに着いて「さてどんな奴が表れるかな」と待ち構えたいた。
ところが、時間がせまるが誰もこない。
不安を抱えた所に一台の車が来た。
「あのう、今日盆飾りに行くんですがここで待ってていいんですね」と聞いてみた。「いやあ、葬祭センターでもうみんな集まって説明してますよ」というではないか。
「昨日ここで待っていればいい」とKマネージャー、“えべっさん”のような笑顔で自由奔放さはいいが、雑さ加減も奔放である。
「あのバカが」と内心思いつつセンターへ急いだら、案の定10人ほどを前に説明の最中だった。
我がパートナーは40前後のでかい男だ。後ろにたったら前が全く見えない。挨拶一つないところをみると、男は「このジジイ遅れやがって、今日は大変だな」と内心思ったのだろう。
そう言えばKマネージャーは私を送り出す時「トシを聞かれたら59歳と答えてください。」という。一瞬「えっ」と思ったが、年齢を聞いて相手が、「こんなジジイを送りやがって」という印象を持たれることを懸念したのだろう。
それ以外に、「カーナビはつかえます?」とかちょっと不安そうに私の顔をみてから天井を見上げるように「オレが行くかな~」と言うのである。
ジイは内心「そうしてくれねぇかな~」と思ったが、決定は変わらなかった。
そのいくつかの仕草から、キビキビした動きと的確な補助としての仕事ができるか?マネージャーとしての責任も問われかねない。いい加減な上司だが、心配は一人前にする。
そんなこともあって、「いざ出陣」となった時。テキパキと材料を車に積み込み、手早く最初の仕事をこなした。
予定は全部で7軒、狭山5軒、滑川、川越だった。川越訪問は最終5時に設定されていたが、でかい男M氏は早め早めに行って4時には終わらせましょう。と前向きに語った。
ジイを年配と見たのか、言葉は丁寧だが、最初に遅れたのが頭にあって不安が先立つのだろう表情は若干かたい。
一軒目の訪問先に車の中から電話する。
「ちょっと予定より早いんですが、いまから大丈夫でしょうか?」
自宅にはおばあちゃんが一人、娘が今日の時間に合わせ、自宅に向かう途中だと言う。しかし、「おばあちゃんには連絡しておくから」とOKが出た。幸先良しだ。
やさしそうなおばあちゃんだった。
挨拶を終え、早速車から材料を下ろし、準備にとりかかった。
祭壇から遺影・位牌をさげる。笹は2つに、ほおづき、お花、ぼんぼり、お菓子、送り火のお皿、等々である。
最初のことで、ジイはとまどった。
下ろした位牌の置く場所、遺影の置く場所、持ち込んだお花、笹はそのまま畳の上に置かれた。
家主はそのいちいちを見ているのである。
無造作に畳に下ろされた位牌と遺影をジイはそっとそれなりの場所に置き換えた。
取り除いた祭壇には少しほこりが残っている。それをふき取る手配はない。たまたま持っていたウエットティッシュで拭き、タオルで仕上げた。
笹も、花も、新聞紙や、風呂敷のような敷物一枚でも用意すれば畳への汚れも気にしないで済むのにと思いつつ事は進んだ。
飾りつけが終わった頃娘さんが到着した。娘さんといっても60は過ぎている。
わが社の180センチM氏は祭壇の意味と説明に入った。
良い声であるが、少々早口である。
仕事以外のことは一切話さなかった。娘さんは膝が悪く座れないと立って聞いておられた。その膝を気遣う言葉もなく、祭壇へ手を合わせることもなく丁寧に頭を下げ引き下がった。
初めてのジイは疑問が多々あれどぐっと胸にしまった。
2軒目、3軒目、と予定より早くことは進み、M氏も満足げだ。ジイも手際を理解するにつけ早くなった。
新盆である。ということはこの一年で親族を亡くされた方である。
いいお年の方もあれば、15歳の息子さんを亡くされた方もある。
あるお宅である。
可愛い奥様の嬉しそうな顔で写った遺影が飾られていた。
「可愛い奥様ですねえ~」とつい声をかけた。
「ええ、50代の後半の写真で、、、男はダメですね」と今にも涙を流さんばかりに笑った。
営業魂か、このお盆にお客様に会えるチャンスは喜ばれるチャンスである。何故、そのチャンスにお客様に喜ばれる話をしないのか。不思議に思った。
事情があるのだろうと思うジイはここでも言葉を呑み込んだ。
その事情とは、お盆飾りの担当との役割分担である。お盆飾りは問題なく手早く済ませることが命題なのである。何しろクレームのない飾りつけさえできればOKそれ以上のものではないという割り切りである。
そこで、余分な営業にプラスの話がでても「飾りつけ担当」には極端に言えばいい迷惑、余分な仕事になるのである。
わからないでもない。
営業に長年携わったジイのエゴである。
ああもしたい、こうも話したい。いろいろな事を考えさせられた一日である。
でかい男M氏は無口に見えたが、沈黙には耐えられないタイプである。車の中では極力沈黙を避けようとした。
いろいろ不満はあったのだろうと思う、花が少し曲がった時はジイの責任でと思ったのだろう顔色が変わったこともあった。
しかし、仕事もすべて終わり帰りの車の中で、ほっとしたのだろう。
自分から話始めた。
「昨日、30代の男だったんですが、センスが悪くて困りました。」
「今日は、タオルで祭壇を拭いたり、車への積み込み方が良かったのでとても助かりました。」と感謝の言葉を述べた。
ああ、それは良かったと思った。
しかし、出発する時彼に聞いた。
「白い手袋と数珠を持って来ましたが」という問いに、必要ないと言った。そこで、大体の予想はついたが、その通りだった。
会社の体質だろう。高齢化社会になり一気に需要が伸び短期間に急成長した会社である。
社としての顔・形がまだ出来上がっていないのだろう、やたら、支社長、常務、部長の権威が語られる。上層部も一気に偉くなったことを己の努力と間違う。
高齢化社会の要請によることが多大であったことを冷静に受け止められない。
外部の思想を導入する時期に来ているような気がする。
仕事は一応終わった。しかし計画通りに行かないものである。4時に終わりましょうと言った大男M。結局ミスも重なり5時半の帰社となった。
何はともあれ、いろいろな体験と、思うことが多い1日であった。