敵基地攻撃能力

日本 雑記

Vol.1-8.20-219  敵基地攻撃能力
2020.08.20

イージス・アショアという地上配備の防衛計画が狂ったことから、防衛の空白があってはならないという考えに基づき、「敵基地攻撃能力」が一躍脚光を浴びるようになった。
やられる前にやる。という考えである。日本の国情から考えれば当然の如く議論は沸騰した。

19日の産経新聞に「敵基地攻撃能力」に関する各新聞の社説を検証している。

◆朝日新聞
敵基地攻撃能力の保有は憲法上の問題にとどまらず、実際問題としても、多くの困難が指摘されている。判断をあやまれば、国際法に違反する先制攻撃になりかねない。
目標の特定も難しく、反撃は必至だ。すでに自衛隊の任務は拡大を続けており、人員や予算上の制約もある。近隣外交への影響も避けられまい。自民党はこうした現実の課題を、どこまで熟考したのだろうか。

◆毎日新聞
敵基地攻撃能力の保有は、専守防衛を逸脱する懸念が強い。実行性や費用対効果にも疑問がある。
歴代政権は、敵の攻撃を防御するのに他に手段がない場合に限り、相手のミサイル基地をたたくのは『自衛の範囲』との見解を踏襲してきた。ただ、法の論理としての話で、現実的には無理がある。

◆東京新聞
日本世論調査会の全国郵送論調査では、自衛隊は『専守防衛を厳守すべきだ』と答えた人は76%に上る。国民多数の思いを、政府が踏みにじってはならない。

◆日経新聞
北朝鮮や中露の新型ミサイル開発で迎撃による防衛の難度が高まるなか、抑止強化の一環として議論する意味はある。

◆読売新聞
日本に被害が及びそうな場合、ミサイル拠点を攻撃する選択肢を持つことは妥当だ。武力攻撃に着手した国に対する自衛の措置は、国際的にも認められている。

◆産経新聞
保有は憲法や専守防衛の原則に抵触し、周辺国の反発を招いて緊張を高めるとして反対する意見があるが、いずれも誤りだ。敵基地攻撃能力の行使は『法理的に自衛の範囲に含まれ可能』であり、専守防衛の原則に反しないというのが歴代内閣の立場である。
中朝両国は保有に反発しているが、日本を弱い立場のままにしておきたい思惑がある。日本における保有反対論は、国民の安全よりも侵略者の安全を優先する愚論そのものといえる。

これらの社説の要約を見る限り、
反対派 :朝日新聞・毎日新聞・東京新聞
中間派 :日経新聞
賛成派 :読売新聞・産経新聞

となろうか。

過去の各社論調を見れば至極当然の結果である。
反対派にはどれも「国民の安全」という視点が抜け落ちている。

上記結果は国民意識の反映という見方もあるが、我々国民の防衛意識の希薄化はどうしようもない危険水域に達している。

100日以上、尖閣諸島周辺中国の海警局の船が領海侵犯や、日本漁船を追尾し、まるで自国領土であるかのような振る舞いにも、国民の警戒心は一向に高まらない。

どうしてなのか。危機を煽ればすぐに「戦争」に結びつける野党に反日メディア。マスコミやメディアが一体となり「報道しない自由」ありで、危機であるにもかかわらず、それを知らせようとしない異常な日本特有の情報空間が生じている。コロナとは真逆の状況である。

ネット上ではかなり報道もあるが、新聞とテレビからの情報を主にしている高齢者は朝日新聞・毎日新聞の購読者が多くその多くの情報は闇の中で知る由もない。

特に米・中の緊張状態はかなり高い状況で局地戦が勃発する可能性を指摘する欧米情報もある。
場所として推定されるのが、東シナ海、南シナ海、台湾、尖閣諸島ということである。

袴田茂樹・新潟大学名誉教授によれば、
『国家、国境、領海はよりリアルになってきた。にもかかわらず、日本国民は国際情勢や国家に対する現実的な認識を失ったままだ。自衛隊を国防軍と言うのは、ましてや憲法に書くのは今でもタブーだ。』と指摘し、

クラウゼヴィッツの有名な言葉を引用し、
「(国際)政治は他の手段による戦争」が今も現実であり、この認識を有してこその平和なのだが。
と、日本人の現実離れした危機感のなさに警鐘をならしている。

パール判事の指摘ではないが、
『大東亜戦争の破壊があまりに悲惨で、打撃が大きかったことと、アメリカの巧妙なる占領政策と、戦時宣伝、心理作戦に災いされて、バックボーンを抜かれて無気力になってしまったこと』は、戦後75年経っても変わっていない。

先の戦争の禍からいつ立ち直れるのか、危機が迫っているにもかかわらず、その危機を知らせまいとするマスコミにメディア。

2021年、「尖閣上陸」というセンセーショナルな号外が出ないことを祈るのみである。