首相候補と靖国

日本 雑記

Vol.1-9.6-236   首相候補と靖国

2020.09.6

靖國神社のホームページには

「靖國神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社がはじまりです。
明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に御親拝の折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。」

とある。

世界中の国の中で自国のために命を賭した人間に対して、国民が礼をつくさない国家がどこにあろうか。

日本人でありながら愛国心を語らない先進国は、日本だけである。
大東亜戦争までは、国家に対する愛情はごく普通にあった。何度も言って恐縮だが、GHQの占領下7年の洗脳は今尚消えずに、我が身を痛め続けている。

戦後75年も経つのに未だ目が覚めない日本。何故か?それは占領が終わった後も、今度は洗脳された日本人左翼がGHQの意思を引き継いで、今に至るまで、人としての魂をなくした人間がその教育を日本人にしてきたからである

いつの間にか、そのいびつな考えすら異常と思わなくなった日本人は最悪である。

今回、安倍首相が辞任を表明し、新たな首相候補として、「菅義偉氏、岸田文雄氏、石破茂氏」この3人は果たして靖国神社を参拝するのだろうか。

産経新聞<政治月旦>というコラムで検証をしている。

3人の過去の発言から凡そのことは推測できる。

菅義偉氏
:参拝の趣旨を粘り強く説明していけば理解してもらえる。

岸田文雄氏
:国のために尊い命を捧げられた方々に対して尊崇の念を示すことは大切なことだ。(安倍)首相が参拝するかどうか、日にちも含めて、参拝の有り様、そして環境整備など、もっと丁寧な配慮が必要だったと思う。

石破茂氏:
若いころは何も知らずに参拝した。・・・靖国神社の本当の意味を知っているので、今は行けない。

菅氏と岸田氏は、参拝に前向きだが、今さら何を説明しなければならないとうのだ。冒頭に書いてある通り、我が国のために尊い命を捧げた我が国の先祖に尊敬の意思と鎮魂のために参拝するのに何の説明がいるというのだ。

その人間として大切な行為を義務教育の中でしっかり教えてこなかったからだ。今から説明しなければ理解できない国民にしたのは誰だ。政府の怠慢である。

経済は世界一流までのし上がったが、精神文化は世界の中でも最も低い国家である。建国記念日に国旗すら上げない国民、国際的に誰が日本のことを心から信頼などしていよう。
国民は穏かで、外国人に親切で、治安は良く、街はきれい、アニメや職人技術も凄い。ただそれだけで日本は安心してちょっと楽しめる国なのだ。

今やどこの国家が尊敬という視点で日本を見つめているだろうか。確かに大東亜戦争までは尊敬があった。
未だ、東南アジアは過去の日本への尊敬は持っている。故李登輝総統も、戦後日本は精神を失ったと嘆いた。

石破氏に至っては、「靖国神社の本当の意味を知っているので、今はいけない」???何を知っているのだ。国民の前で堂々と言えない何を知っているのだ。

「天皇陛下のご親拝が実現するために努めるのが政治の使命だ」と言いながら、何という言い方だ。
堂々と言えない事情を靖国神社が抱えているとすれば、陛下のご親拝などもっての他ではないか。もし、自分が首相なったら靖国を無きものにする臭いがする。

国民の一人として石破氏の首相は危険極まりなく、あってはならないと思うが。

いずれにしても国家を担おうとする3人。何とも頼りない国家感である。どうでもいいやという感じになる。決して背筋を伸ばし次期首相に期待する精神の高揚などまったくない。

どうして命をかけて日本を守ろうとしないのか。国家のトップに立って日本丸の舵を任せようとしているのでないか。人間として最高の名誉にではないか。国民が「この人間について行こう」と覚醒するような命がけの意思を示すことができないのであろうか。

そんな肝っ玉が小さい男など、どうでもいいと言う思いだ。

「国家のため」といえばすぐ軍国主義に結び付ける声の大きい、心の汚れた輩が跋扈している。
日本人よ!!おかしいと思わないか。

あなた自身がもし、愛する国家のために命を捧げ、靖国に眠ることになった時を考えるがいい。
多くの国民が手を合わせ「貴方の尊い命のおかげで今の日本があります。安らかにお眠りください」と頭を垂れ、祈りを捧げてこそ魂は安らぐのではないか。

二度と戦争などあってはならないが、今の日本。緊急有事の際、誰が国家を守るために命を賭して立ち上がる人間がいるのか。

もうどうでもいい国に成り下がったのである。今はただ、失望あるのみだ。