サボテンに愛された男

雑記

Vol.1-11.4-295    サボテンに愛された男
2020.11.4

「好きこそものの上手なり」昔の人は本当に良い言葉を残した。

何かを好きになる、それもとことん好きになると言うことは大きな才能であるということを実感する。

現在75歳になられるサボテン村村長 加藤孝義氏のサボテン人生が早朝のラジオで流れていた。聴くともなしに聞いていたがついつい話に引き込まれ最後まで聴き入ってしまった。

加藤さんの実家は岐阜県瑞穂市の農家であった。
昔はどこもサボテンにトゲがあるところから魔よけの意味で玄関に置く家が多かったようだ。加藤さんの家の玄関にも丸い小さなサボテンがあった。

小学校5年の頃、そのサボテンの伸びる瞬間を目の当たりにする。その不思議に学校から帰るとサボテンをジ~と見るようになったというのだ。

毎日、毎日伸びるのが楽しくて見つめる内にどんどんサボテンに引かれていく。その内、お小遣いをもらうとサボテンを買う。正月にお年玉もらうとサボテンを買う。病気になるとサボテンを買ってもらうと病気が治る。というほどサボテンが好きになっていくのだ。

だんだんとトゲと形にも引かれ子供の頃にすでに100種類ほどのサボテンを栽培するようになっていたという。

自宅は水田、柿、養豚農家である。長男の加藤さんは当然家業を継ぐ運命にあった。しかし、サボテンに魅せられてしまった加藤さん。どうしてもサボテンで身を立てたい。ついに直談判に出る。
家族皆が猛反対。サボテンなんかで食っていけない。身の回りでサボテンは未知の世界、誰もが反対するのは当たり前のことだった。

しかし、加藤さんの思いは尋常ではない。親はこれ以上反対すると家出するかもしれない。そんな恐怖さえ抱かせるほど加藤さんのサボテンへの熱情は狂気を帯びていたのだろう。ついに、やってみんしゃい。ということになった。

親は心から許したわけではなかった。どうせ挫折してやめるだろうという確信に満ちた許しだった。

加藤さんは一旦口にして手に入れたサボテン業。負けるわけにはいかない。
「よ~し、日本一になってやる」と心に決めた。その心をいつも忘れないように、「サボテン日本一になる」と書いて天井にノリをいっぱいつけて貼りつけたのである。

夜に朝に天井の「サボテン日本一になる」が目に入る。絶対負けないと言う覚悟である。

「好きでしかたがない」という感情は苦労を苦労と思わない。苦労が楽しさに倍加するという相乗効果を生む。最初はお寺の軒先を借りた露店からの出発だった。

初任給が1万円の頃、50円~100円で売った。これが思いのほか売れる。その売れ行きを見ていたのであろう養らん業者が「大阪で売らんかね」と声がかかった。

懸命に売るだけではない。サボテンが好きでたまらない人が売る姿と売る必要にかられて売る人。そこには歴然とした違いが出るのだろう。そうでなければ、得にもならない人の仕事に手を貸すなど余計なことだ。

この大阪の商売がさらに転機を生む。予想に反し売れに売れた。ついに量産が必要になった。サボテンは乾燥した砂地が必要、我が家は水田。困った加藤さん、そうだ、アメリカカリフォルニアのサボテンを見に行こう、何かヒントがあるかもしれない。渡米を決断するのである。

ここで躊躇なくアメリカに行こうとする発想が凄いではないか。思いはサボテン以外にないという純粋なる強みだ。

知人の車にのって毎日毎日サボテンを見る見る見る車の旅である。そこらじゅうにサボテンはあった。日中40度にもなる地だ。さすがの加藤さんも疲れ果て、ちょっと横になった。目の前にあるサボテンがある。何気なく声をかけたのである。

『こんな暑いところで、、、こんな所が好きなんか?』と聞いたのだ。
なんとサボテンが
『いやあ、ガマンしとるんや』と答える。
『ガマンしとるってどういうこと、、、暑い砂漠が好きなんやないの、、、』

みんな、サボテンが話をするはずないじゃろ。っていう。しかし、加藤さんは確かに聞いたのである。
分かる気がする。尋常でない愛情、疲れて横になった加藤さん、サボテンが目の前にある。ジ~と見つめる間に身体が無我の境地になり一瞬サボテンになったのではないか、サボテンから言霊として返って来ても不思議ではない。その光景が目に浮かぶようだ。

そのことが加藤さんの頭から離れなくなるのである。

そこで加藤さんはサボテンを徹底的に調べ始める。
そうすると、
遠い昔は、普通の植物だった。
雨の降らない日照り続きに葉を丸めることを思いつく。
雨の日には葉を太くして水タンクをつくって蓄えようとした。
他の植物は枯れてしまったのにサボテンは生き残った。
サボテンは動物から狙われる存在となった。
そこで身を守るためにトゲをつけるようにした。

まるで加藤さんの人生と重なるような進化である。

そこで加藤さんは水田にハウスをつくり、サボテンづくりに挑戦したのである。
「水田でサボテンなんてできんよ」近所は皆笑った。
ところがどっこい。1年で3倍のスピードで大きくなった。肌も美しく、花もいっぺんに咲いた。これは行けると確信。大阪へ持って行ったら飛ぶように売れた。

ところが天国から地獄とはこのことか。
まさに順風の真っただ中で不幸が襲ったのだ。3日も続いた大雨で長良川氾濫。加藤さんのサボテンはすべてが流されてしまった。完全に破壊されたハウスを前に涙が止まらなかったという。
「もう、やめよう」はじめて吐く弱音である。

蒲団に入って天井を見上げた。「サボテン日本一になる」と貼った紙が目に入った。
くじけちゃダメだ、加藤さんはゼロからの出発に再起をかけた。

必死の日々が始まった。昼はサボテンづくり、夜は京都、大阪、南大阪、奈良、4トン車の中で仮眠する。朝返って昼間は仕事、また夜は大阪である。

そんな身を粉にして働く中であった。
仮眠場所に車を止め車中仮眠しようとした時だ。植物市場の奥さんから声をかけられた。
「どこから見えたんですか?」
・・・・・
「仮眠室があるから休んでください。」
ビールを差し入れされ、、、、、と言いかけ嗚咽に変わった。

インタビューが一瞬止まった。

一番辛い時の優しさに出会った思いでに加藤さんは込み上げる涙を抑えきれなかったのだ。
その時「よし、頑張ろう」と真から思ったと言う。

その後も決して順調ではなかったが、
◆やり続ける ◆思い続ける ◆できるまでやる ◆成功するまでやる
天井に貼った紙一枚でここまで来た。
サボテン村と言う住所まで勝ち取った。

サボテンは、3年、10年、30年、50年経たないと咲かないものがあるという。
冬は赤い花、春は黄色い花、夏は白い花を咲かせ一瞬で散っていく。そこに魅力を感じると言うのもわかるような気がする。

農場の広さは10万平方メートル。サボテンの生産面積としては世界一を誇る。
約300種類、50万本のサボテンを栽培し、出荷数は日本最大級。(国産サボテンの9割以上がサボテン村で栽培されたものである)

時間を忘れるほど何かを好きになる。これは間違いなく『幸せな才能』と呼んでもいいのではないか。

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Posted by 秀木石