ペレとマラドーナ

スポーツ,世界,雑記

Vol.1-11.28-319  ペレとマラドーナ
2020.11.28

史上最高のサッカー選手の一人、アルゼンチンのレジェンド、ディエゴ・マラドーナ氏が25日、アルゼンチンのブエノスアイレス郊外の自宅で死去した。

60歳、あまりにも早い別れに世界は悲しみに包まれた。

何といっても1986年のワールドカップメキシコ大会でのプレーがマラドーナを語るに外せない「神の手ゴール」と「5人抜き」である。

身長165cmながら、早い足と、巧みなボールテクニックと抜群のボディバランスで、巨漢ぞろいの守備陣の猛烈なタックルをかわし、相手ゴールにせまる業は正に神業であった。

有名な5人抜きのシーンは事あるごとに流されるので何度も見たが、いとも簡単にすり抜けるテクニックを見ていると、あまりにも簡単に見えてしまう。まるでアインシュタインのE = mc2のように。だからこそ神業と言えるのであろう。何度見ても “ 凄い ” の一言だ。

サッカー指導者の風間八宏氏は当時のマラドーナについて「顔の前に1メートル四方の空間を確保できれば、マラドーナにとってフリーといえる」と語った言葉がそのテクニックの凄さを物語っている。

そこで、史上最高のサッカー選手と並び称されるのがブラジル代表のエースとして3度のFIFAワールドカップ優勝に導いた、ペレである。

マラドーナは、毀誉褒貶、コカイン使用、ドーピング疑惑、私生活の醜聞というサッカー外での人物は醜聞まみれの英雄である。その反対とまでは言わないが、非常に負けず嫌いな人物ではあるが、努力家である。ピッチの上でも外でも自分を神のような存在であろうとする人物とも評されることもある。

ペレを知るこんなエピソードがある。
1000得点まで王手をかけると遠征先の都市では1000得点の瞬間を祝おうとカーニバルが催され、スタジアムはさながらワールドカップ決勝のように熱狂、メディアによる報道も加熱。
とあるようにペレはブラジルの英雄である。

ただ、1000得点を達成した時に「この得点をブラジルの子供たちに捧げる。神のご加護に報いるためにも貧困に苦しむ子供たちを守ろう。」と発言したことが、「偽善者だ」と批判を受けたこともある。

しかし、ブラジル郵政省からは記念切手が発行され、ブラジル政府は1000得点を達成したペレに勲章を与え翌日を休日とした。サンパウロ市はこの記録を記念して1995年に11月19日を「ペレの日」と定めた。

ある時、サンパウロ市内で自動車強盗に遭遇したが、その際にペレだとわかると強盗は「あなたから金は取れない」と言って謝罪し、何も盗らずその場から逃走したという。

このようなエピソードから人気の質の違いがわかる。

ジイはペレの印象深い発言を記憶している。
「プレー中やられることはあったが、相手に対し故意に肘や足で蹴るなどしたことは一度もなかった」と語った。

ディエゴにペレ、いずれもスターだ。この違ったスーパースターが存在する世界がいい。

<マラドーナ氏への弔辞だ>

※ 世界とアルゼンチンのサッカー界にとって大きな喪失だ。
※ まぶしく光り輝いていた愛らしい少年のようだった
※ 毀誉褒貶のある人物だったが、フィールドでの天才的なプレーは消えることがない
※ 面識のない人の死がこんなに悲しかったことはない
※ 世界中のトップ選手が集まった中で、ぶっちぎりの王様だった
※ 悪く言う人もいたが、彼のプレーを見るたびに驚嘆せざるを得なかった
※ 誰もディエゴ・マラドーナの後継者になれはしない。だって、唯一無二の存在なんだから

世界のアスリートから「ディエゴは不滅だ」とのメッセージが寄せられた。
この、破天荒な人間は愛されるキャラクターも持ち合わせていた。

100年後もスーパープレーの数々が語り継がれることだろう。

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