スーパースターは永遠に不滅なり

日本,雑記

Vol.3.02.13-761   スーパースターは永遠に不滅なり
2022.02.13

“ マイク・タイソン ” 知る人ぞ知る最強のヘビー級ボクサーだ。

18歳でプロデビューし、1R・KO勝ちで初戦を白星で飾るとデビューから19戦まですべてKO勝ち、それも1R・KOが12回というから驚く。

さらに驚くのはこの19戦、デビュー戦から2年間で成し遂げている。約1.3ヶ月に1試合をこなすという信じられない試合間隔、もう野獣であった。

そのタイソンが初めてKOされたのが1990年2月11日東京ドームでの試合だ。

初めてマットに沈む野獣をみるのは沈む太陽のごとく寂しく悲惨である。誰もが期待した1RでのKOは悲嘆に変わった。

ゲストとしてリングサイドで見ていた長嶋茂雄も大きなショックを受けていたのを思い出す。

その後も勝ち続けたタイソンだが、初めてのダウンが東京だったのか、、、あらためて感慨深い。

それから15年、やはり引退はKOでの2連敗だった。不敗の野獣がもろくマットに沈む姿は、屈強のボクサーだっただけに言葉にできない寂しさに襲われる。

この度の北京五輪、台頭する若いスターの陰に絶対的王者であったスーパースターとの惜別に胸を熱くする場面があった。

スケートボードのレジェンド、ショーン・ホワイトはオリンピック3個の金メダル、アメリカではこの10年ほとんど負けなしである。

そのレジェンドはメダルを手にすることはなかった。涙を見せながらから平野歩夢へ歩み寄り後を託すように抱擁した。

我が日本が誇るフィギアスケートしようとのスーパースターにも非常なる試練が待っていた。

フィギア史上3連覇は戦前に遡る。戦後2連覇はリチャード・バットン(米国)と羽生結弦だけである。さらに人気・実力を兼ね備えたスタートいえば羽生結弦が最強であろう。その羽生結弦が3連覇を逃した。

しかし、挑むことに価値を求めるスターは、失敗すらも “ 華やかな桜 ” と称されるほど愛された選手であることだ。

世界から注目を集める中、特に中国の熱狂的ファンと地元メディアの注目度は高く、4位に沈んだ無冠のヒーローに対しても

※ 五輪3連覇の偉業を目指した羽生を
「フィギュアスケート史上唯一のヒーローだった」と表現した。

※ 中国版ツイッター「ウェイボー」は、
「彼が成し遂げることが出来なかったのは世界中の聴衆の悲嘆だ」

※ ポータルサイト「捜狐」は、
「羽生は正直これ以上ないくらい頑張ったと思います」

※ 「騰迅体育」(WEB版)は羽生がクワッドアクセルに果敢に挑み転倒したことに触れつつ
「失敗しても最も華やかな桜です」と表現し、
「羽生は人間のスポーツの歴史の中で英雄であり一流の武道家のようなものです」と最大の賛辞を送った。

それだけで十分北京五輪を闘った意義があった。挑み続けた自分にも悔いはないであろう。
後を継ぐ若い鍵山優真(19)、宇野昌磨(25)が育っている。

世界は違うが、将棋界のレジェンド羽生善治九段が4日の名人戦A級順位戦に敗れ、29期連続で在籍したA級からB級1組への降級が決まった。時代の流れとは言え、一抹の寂しさを感じる。

誰も為し遂げられなかった7冠全制覇というあまりにも輝かしい実績があるが故だ。

そんな将棋界にも羽生善治と入れ替わる様に新星・藤井聡太という若き棋士が現れた。

若干19才、今日第4局が行われた渡辺明との王将戦。つい先ほど、『渡辺三冠を投了に追い込み、無傷の4連勝で「王将」のタイトルを奪取しました』とのニュースが入った。なんという神童であろうか。

60年前、大山康治の時代は5冠、中原誠の時代は6冠、羽生善治の時代は7冠、現在は8冠のタイトルがある。19才でその内5冠とは恐れ入る。

今後は5冠の防衛戦と残り3冠・「名人」「王座」「棋王」への挑戦という超過密スケジュールとの闘いが待っている。

知能と体力だけでは持たない。心技体、すなわち驚異的な精神力と体力とともに、とことん将棋に愛されなければ不可能である。恐るべし青年棋士だ。確実に世代は藤井聡太の時代に変わった。

世代交代は世の宿命である。まるで光と影が織りなすように少しずつまた確実に新たな色彩に彩りを変えてゆく。

すべてがそうだ、彼らの光り輝いた鮮烈な姿が人々の心に印画紙のように焼き付き、人生の支えとして生き続ける。まさしく “ スーパースターは不滅なり “ である。

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Posted by 秀木石