東日本大震災から10年

日本 雑記

Vol.2-3.11-422   東日本大震災から10年
2021.3.11

もう10年、まだ10年、いろんな感じ方があろう。

ジイは “ まだ10年 ” の思いの方が強い。自分の10年として振り返った感情からだろうと思う。しかし、被災者の方の感情は立場の違いでいかにも複雑であろうと推察する。

2011年3月11日、午後2時46分。ジイは東京のある会社の4階の事務所で仕事をしていた。大きな揺れが来た、地震だ!!いつものことだ、すぐおさまるだろうと 高を括っていた。

ところがいつもと違うと感じた。スチールの書棚が揺れ出した。その時だ、“ 逃げろ!! ”と誰かが叫んだ。エレベーターを使わず階段を駆け下りた。

外に出れば、多くの人がビルから逃げ出していた。
皆が、新宿駅近くの高層ビルを眺めている。驚いたことにゆっくりと振り子のように揺れているではないか。後にも先にもビルが揺れているのを見るという恐ろしくも貴重な体験だった。

あれから、4度職場を変えた。今の会社が5つ目の会社だ。2年に1回の割である。その目まぐるしく変わった己の10年とは対照的に、ゆっくり流れたようにみえた震災後の10年は、もっと早く復興してほしいという焦りの10年でもある。

あの時目にした津波の脅威は想像をはるかに超えるものだった。記録せねばと思い、震災翌日から震災関連の新聞記事をスクラップした。8冊を数えたが最後は8年目の3月11日、被害のデータで終わっている。

最初のころは頻繁に切り抜いた。半年が過ぎるころから情報量の減少に伴って極端に少なくなった。今、久し振りに開いてみると、タイムスリップしてその時の情景をまざまざと思い出す。

地震が治まって間もなくテレビで流れるニュース映像はまるでCGを見ているような画像だった。おもちゃではないかと思えるほど軽々と、家や車が流されている様は現実として実感できなかった。まさに、空想でしかあり得ない映像である。

都内は帰宅困難者で溢れかえった。ホテルは満室、やむなく会社の椅子で夜を明かしたことを思い出す。

あれから10年、被災者の方々の頑張りには驚嘆するばかりである。

やはり、この大震災での大きな問題は、今も尾を引く福島原発の津波が引き起こした事故である。原発の津波被害がなければという思いは強い。かといって手のひらを返すように「原発=悪」とする考えには与できない。

何もなければ、二酸化炭素も出さず、燃料は何度も再生でき夢の電源なのである。
便利と危険は裏腹である。人類の知能が生み出したのこエネルギーを如何に安全に使い切るかという前向きな議論であってほしい。

ただ、影響の大きさという観点で捉えた時、多くの被災者の被害は想像を絶する困難を強いていることも事実である。昨今、急ピッチで開発が進む自然エネルギー。すべてこれで賄えるのであればそれがベストであろう。

しかし、日本だけがこの地球上で生きているのではない。中国も、ロシアも、北朝鮮も同じ地球上で生きている。特にこの3つの国は悪いことに隣国である。核兵器を今も作り続ける厄介な存在である。日本は核兵器を作ることはないが、核の技術を維持していくことは世界と伍していくためには必要な技術である。

震災の話からそれたが、その核で困難を余儀なくされているのが、福島の住民の方々である。未だ帰宅できない方もそうだが、農業や漁業で生計を立てている方々の苦労ははかり知れない。日々が闘いであろう。

世界で最も厳しい基準をクリアーしているにもかかわらず、風評被害が一向に収まらない。それにも増して、原発の処理水が125万トンにも達している。いよいよ来年秋には満杯になるという話だ。海に放出可能なまでに浄化してはあるものの、一旦放出となれば、風評被害はさらに高まり、漁業関係者は生活困難者になってしまうかもしれない。

悲しいことに、共産党は処理水の海洋放出反対運動を加速している。反対署名活動も展開、風評被害を拡散している、しかし誰も共産党であることを報じないというのは不思議なことだ。正に「福島のため」という仮面を被った福島の敵である。

ジイは、以前から思っているが、こんなことはできないのか。

① 全国の大手スーパーは、福島産の商品を集めた「福島応援コーナー」を設ける。
(安全であることはデータがすでに示している。野菜、コメ、魚介類の販売する。協力スーパーには国より協力支援金支給)

② 関東近県の市役所ロビーの一部に福島応援コーナーを設けて野菜、コメ、穀類の販売をする。
(市のロビーは国の直営とし、販売担当は地元人パート契約、商品は福島のJAの協力をいただき、配達はコープまたは宅配業者と提携等)

ジイなどはすべて福島産にしたい。

依然として中国と香港、マカオ、台湾、韓国、米国が一部地域からの輸入を受け入れていないことを考えると、この風評被害は国の積極的関与が不可欠だ。地元だけで乗り越えられるような生易しい問題ではない。

国家が支え、国民が正しい知識で理解することも大事。具体的な形で、福島を応援できないものであろうか。

10年を経て思うことである。