一芸に秀でる

日本 雑記

Vol.2-5.18-490     一芸に秀でる
2021.5.18

器用貧乏という言葉がある。

「なまじ器用であるために、あちこちに手を出し、どれも中途半端となって大成しない」。という意味の解説がほとんである。

しかし、何でもそれなりに出来る。ということは、すでにアドバンテージが高い状態にある。従って、何か一つに集中すれば一芸に秀でるのも短時間で達成する可能性が高い。と解することができる。

しかし、そこが難しいところだ。それなりにできてしまうのである次元に到達すると、次に興味が移りやすい弱点も併せ持つ。ただ、生きて行くには十分な素質である。どんな時代になってもしぶとく生きる人間であり、一面うらやましい存在である。

人間社会は複雑である。この世は決して平等でもない。生まれながらに障害をもって生を受けることも間々ある。中にはその障害を障害とも思わず逞しく生きる人もいるが、多くは大変なハンディと闘いながら、人一倍の努力と親の強い愛情によってその障害を克服していく。そうして生きることに意味を見出し充実した人生を送る人もいる。

障害を持つ人の人生との闘いが、時に多くの人に感動や生きる力をもらうこともしばしばある。

その一人に、ダウン症で生を受けた金澤翔子さんがいる。
生まれた当初、事実を知った母泰子さんは我が子と共に死のうとも考えたという。しかし少しずつ育っていく子の姿を見て思いとどまったと、回想されている。

お母さんが書家であったことで5歳で書道を始める。
お母さんの強い愛情と、生きる方向を幼い時から「書道」に命を賭けたところで、翔子さんの人生は、書が人生の伴侶となった。

今では「ダウン症の書家」として日本のみならず世界に知られている。

伊勢神宮や東大寺をはじめ、名だたる神社仏閣の総本山にて奉納揮毫や個展を開催する。ニューヨーク、チェコ、シンガポール、ロシア、台湾など多くの海外個展も成功させる。又、バチカンに大作「祈」を寄贈しローマ教皇庁より金メダルが授与されたこともある。

この成功はなんであろうか。
障害を持ったからこそ、この道しかないという一芸にかけた熱い情熱である。心身全てに曇りのない熱い誠が筆に乗り移り、人が容易に到達できない領域で筆が人間そのものを紙面に映し出す。

それが人を感動させるということである。

つい最近、視覚障害の中学生がプロを目指し4月、日本棋院の院生になった。ということを知った。

岩崎晴都くん12歳だ。
1歳2ヶ月のとき、小児急性リンパ性白血病を発症した影響で左の視力が0.01、右目はほとんど見えない。

少学2年のころ、祖父が自宅で開く碁会所に遊びに行き黒石と白石なら違いがわかるーと興味を持ったのがきっかけである。

その後は必至で碁をおぼえた。その後の成長と碁への熱い思いが人を動かした。晴都くんのために、着手した後に碁石が動かない、はめ込み式の基盤と碁石が用意された。

晴都くんは「囲碁以外にやることがない。囲碁がないとどうにもならない」、囲碁の神が晴都くんをさらったのである。「碁以外に興味はない」という晴都くん、ふだんは1日約10時間、囲碁の勉強をしているという。

プロで食っていくには大変厳しい世界ではある。しかし、「プロになって井山さんと対局したい。障害者でも碁が楽しめることを世界中に広めていきたい」と夢を語る。

まだ12歳だ、何というしっかりした中学1年生であろうか。

「一芸に秀でる」のも生きるための強力な武器である。