ショパン・コンクール

世界 日本 雑記

Vol.2-10.23-648  ショパン国際ピアノ・コンクール
2021.10.23

ショパン国際ピアノ・コンクールは、フレデリック・ショパン研究所がポーランドのワルシャワで5年に一度開催される国際音楽コンクールだ。

音楽コンクールの最高峰とされており、ロシアのチャイコフスキー国際コンクール、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールと共に「世界三大コンクール」といわれるが、何といっても最も人気があるのがショパンコンクールではないか。

ジイが知っているほどだから音楽音痴の方でも名前だけはきいたことがあるのではないか。

ジイはクラッシックに興味を持ち出したのは不思議にもJAZZを聞くようになってからだ。その昔、JAZZ情報を得るのに「FMファン」という旬刊雑誌があり必ず買った。そこにはクラシックをはじめあらゆる音楽情報があった。

そこで知ったのがクラシックだ。ショパンコンクールの最初の記憶はスタニスラフ・ブーニンの優勝だった。吉祥寺の楽器店だかデパートだったか記憶にないが、ブーニンの演奏がTV画面に映し出されていたのを思い出す。

今回、50年振りに日本人が2位入賞するという快挙を成し遂げた。素晴らしいの一言だが、50年ぶりとは言えたった10回のコンクールである、その内2回は優勝者が出なかったという厳しさだ。

とにかく世界中から集まる優秀なピアニストが下記審査を通り抜けるのが大変。

1.審査は予備審査 – 書類提出(国際的に著名な教授かピアニストの推薦状と音楽歴)、DVD提出
2.予備予選 – 現地演奏(開催期間前)
3.一次予選
4.二次予選
5.三次予選(準本選)
6.本選 – ピアノ協奏曲
本選に残っただけでも名誉なことだ。

入賞すれば冠がつく「ショパンコンクール優勝の〇〇〇〇氏となる」優勝者はもちろん、入賞者はそれ以後の演奏が大変である。ショパンコンクールの名誉を傷つける訳にはいかない。常に高い演奏技術を要求される運命を背負う。

人気の高い有名な優勝者はマウリツィオ・ポリーニ、マリア・マルタ・アルゲリッチなどだが、優勝はしなかったが1955年2位になったウラディーミル・アシュケナージはたびたびN響の指揮をするなど、特に日本での人気が高い。

ちょっと謎めいたピアニストがマウリツィオ・ポリーニだ。ショパンコンクールで優勝した時、あのルービンシュタインが「今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているであろうか」と賛辞を述べたのは有名な話だ。

それがだ、優勝後、約8年間も音楽界から姿を消したのだ。突如音楽会から消えた天才ピアニストに様々な憶測が流れたが、ジイが知る限り、ショパンコンクールの優勝者として恥ずかしい演奏はみせられないと改めてピアノの練習に勉強に8年も費やしたというから凄い。

8年後、表舞台に出たポリーニ、さらに洗練されたピアノは絶賛され、数々の賞を受けるなど名声を不動のものにした。日本での人気も抜群で27,000円のチケットがあっという間に完売する。一般人がとるのはかなり難しい。

ところで気になるコンクールで使われるピアノだが、第1回から使われているのが、あの有名な「スタインウェイD-274」だ。しかし1985年からヤマハとカワイが加わり、今ではファツィオリと4代のピアノが公式に使われていると聞いてちょっと嬉しくなった。

ショパンコンクール、次は5年先だ。ジイは最近のピアニストにはとんと疎くなった。やっぱり、昔から聞いている今は亡き、バックハウス、ルービンシュタイン、ホロヴィッツに親しみを感じる。

久し振りに秋の夜長に、、と思ったら一気に冬がきた。

超人気のポリーニをけなしたのは音楽評論家・宇野功芳氏だが、確かに納得するところもある。しかし今宵はショパンコンクールに敬意を表しポリー二を聴くことにしよう。