クリスマス・イブ

雑記

Vol.2-12.24-710   クリスマス・イブ

2021.12.24

クリスマス・イブにはいろんな思い出がある。

子どもの頃、枕元に靴下を置いて寝た。翌日、ミカンだかなんかお菓子が入っていたような思い出に、クリスマスケーキ、切ない青春の日々、、、等々。

今思えば、昭和20年代、子供には何もわからなかったが、貧乏な我が家でもクリスマスと言う日を認識していたことに驚く。

クリスマスは、文字通りイエス・キリストのミサの意であり、キリストの誕生を祝う降誕祭。クリスチャンが国民の1%に過ぎない日本人が、なぜこんなにもクリスマスが好きなのか不思議だが、昭和2年から22年までクリスマスが休日だったとことを知ってびっくりだ。

その後、昭和25年頃のベビーブームで子どもの数が爆発的に増加。そこに目をつけた不二家が日本独特のクリスマスケーキを作ったことで、デパートのクリスマス商戦が過熱、その後クリスマスは年末行事として日本に定着していったという。

今では、バレンタインデーもハロウィーンしっかり根付いている。外国の行事を何の抵抗もなく受け入れる素地は明治の変革からも見てとれる。日本人の好奇心の強さにお祭り好き、それに何といっても商魂たくましい日本人気質が盛り上げていったことは間違いない。

ジイのスクラップブックにある一つの詩。

~ ☆ 星の金貨 ☆ ~

むかし、両親と死に別れてしまった小さな女の子がおりました。
ほかに身寄りもなく、住む家とてなく、着のみ着のまま。
ひとからもらった一切れのパン以外、何の財産もありませんでした。
けれど女の子はとても信心深い子だったので
神様を頼りに、荒野へ出て行きました。
するとまずしい男に出会いました
『おなかがすいて死にそうだ。何か食べ物をくれ』
女の子は持っていたパンを差しだしました。
ずんずん荒野をすすんでいくと、こんどは男の子にあいました。
『頭が寒いよ。おねえちゃん、頭にかぶるものちょうだい』
女の子は帽子をとってその子に差しだしました。
またいくと、別の子どもがいました。その子はチョッキも着ずふるえていました。
女の子は自分の脱いでその子に渡しずんずんと進んでいきました。
貧しい子に会うたびに着ているものをあげました。
上着も、靴も、スカートも、肌着さへ。
『もう夜だもの、だれもみられないわ。肌着をあげてもかまやしない』
こうして女の子がもう何もかもなくしてしまったとき
空からいきなり、ばらばらと星が降ってきたのです。
それらはきらきら光る金貨に変わり、
女の子のまわりにうずたかく降り積もりました。

―――クリスマスイブ―――

何に掲載されていたのか、誰の詩かもわからない。
1989年(平成元年)のスクラップである。