国技たる横綱の重み

スポーツ 日本 雑記

2022.01.03-720   国技たる横綱の重み
2022.01.03

一世を風靡し、確固たる地位を築き、その人気を不動のものにした人間がその職を辞したからといって全ての使命が解き放たれるものであろうか。

最近のコマーシャルに出ているかつての大横綱・貴乃花を見てがっかりした。というよりも一ファンとして恥ずかしさを覚えた。

名横綱の一人として名を上げたい人物であったが戸惑いを隠せない。本人の希望か、スポンサーの要望か知る由もないが、当時の面影はすでになく、金儲けのために誇をりも投げ打った惨めなまでに人間を下げた一人の男として映った。

たまたま、文芸春秋・新年特別号に元横綱武蔵丸が「100年の100人」を語る企画に貴乃花を語っている。

『・・・同時期に横綱を張るようになると「他の力士はもういいから貴乃花とだけ戦いたいと」と思うようになっていった。・・・貴乃花と対戦するのが楽しみで仕方なく、「早く千秋楽にならないかな」と彼と結びの一番をとるのを待ち焦がれていたくらい。なぜならば、貴乃花は相撲に対してとても熱い気持ちを持っているし、こちらも思い切ってぶつかっていけるーーーーそんな唯一の相手だった。

・・・一言でいうなら、土俵上の貴乃花は「たぐいまれな素晴らしいお相撲さん」尊敬できる良きライバルでした』

東西でお互いに横綱を張った相手から尊敬される横綱に、相撲界を目指す若者が憧れないはずがない。

この、おちゃらけた姿をみて、貴乃花に憧れて入った力士の思いはいかばかりかと察する。自分に課せら得た使命さえ理解していないとすれば何をかいわんやである。

実の叔父で、“ 土俵の鬼 ” と言われた初代・若乃花は苦労人である。年を追うごとに人相に凄みが増した。苦労の末横綱まで上り詰め、後年、相撲協会理事長まで務めた人間である。その叔父が理事長最後の年に、初優勝の貴乃花に優勝賜杯を渡す奇跡的幸運に恵まれた。ジイはこの映像を見ていたが、感極まって涙を流す姿は感動的であった。翌朝の新聞に「鬼の目にも涙」と書かれたのは光栄であったろう。

その鬼の血を引く貴乃花である。

昭和の時代、巨人、大鵬、卵焼きといわれ相撲が3大人気に沸いた良き時代から、平成での大ブームを起こしたのは紛れもなく、貴乃花と兄の若乃花の功績である。

その貴乃花のイメージは、叔父譲りの端正なマスクに、相撲に対する向き合い方は真摯かつ、相撲道をそのまま具現化するような力士に育った。

当時人気絶頂の宮沢りえちゃんとの交際発覚時のインタビューでも「好きだから」という一言が、一本気でさわやかな印象を残した。

その後、りえちゃんの将来を心配したりえママの意向があったのかの内情は良く知らないが、破談になったは残念だった。

それは余談として、現役時代の功績に対し一代年寄貴乃花が認められ、貴乃花部屋の師匠をつとめた。日本相撲協会では2010年に理事に当選以来、相撲教習所所長、審判部長、地方場所部長(大阪)、総合企画部長、巡業部長を歴任し、人気をも兼ね備えた相撲界の顔として将来をも託される人材であった。

しかし、貴ノ岩が日馬富士から暴行被害を受けた事件から、解決に至るまでのごたごた、最終的には協会と真っ向から対立。その後、貴乃花部屋の消滅、自身も、2018年10月に退職するという自滅へ突き進んだ。

いずれ相撲協会の理事長となり相撲界を盛り上げてくれるだろうと期待したファンの夢は無惨に打ち砕かれた。

出来あがったイメージが自らとかけ離れた者なら一考せねばならないが、そうは思えない人物である。

高倉健しかり、渥美清しかり、それなりに名を成した芸能人たちは己の身をわきまえたなり振る舞いに徹している。それはファンあっての自分であり、ファンが大切にした健さん像であり寅さん像を崩したくないという真摯さにある。

多くのファンに支えられたお蔭で今の自分があるとしたら、そのイメージを大切にすることの責任は決して小さくない。何故なら、そのイメージにすがり、励まされ、生きる糧としている人間もいるのだ。落ち込んだ時、健さんの映画を寅さんの映画をみて明日も頑張ろうと自らを励ましている人がいるということだ。

知らず知らずのうちに大きな影響を与えているのである。

ただ、どんな人間も一人の人間である。他人に左右されるのはまっぴらだという生き方もあろう。ジイはそれに文句ひとつ言える立場ではない。

しかし、あの時あの一言で私は生きる勇気をもらった。あの歌で私は辛いとき頑張ることができた。そんな話はあまたある。それは、知人、先輩、上司、よりも多くの有名人や歌手、俳優、偉人であることが多いはずだ。

貴乃花のコマーシャルを見て “ 可愛い~ ” という人もいるかもしれない。“ 庶民的でいいわ ” という意見もあるだろう。しかしファンの特権?で独善的感情ではあるが、貴乃花の全盛期の姿、言動、所作に人間・貴乃花を知ってファンになったのである。

かつて横綱を張り、相撲道を熱く語った人間がかくも簡単にイメージを崩してまでも広告塔、、、とは、人格と彼の相撲道を疑う。失望である。

1月9日から大相撲が始まる。長い間日本人横綱が長期で君臨することはなくなった。貴乃花に憧れて相撲に人生を賭けた力士もいるのではないか。他人事ながら彼らの相撲人生が心配である。

休場中の朝乃山しかり、日本人横綱が出ない理由がわかろうというもの。

明日を担う相撲界に出でよ若武者!といいたいが、その意味でも貴乃花の使命なき振る舞いは罪深いと言わざるを得ない。