働き方改革

日本 雑記

Vol.1-4.16-93  働き方改革
2020.04.16

<働き方改革・働き方改革関連法>
*少子高齢化が進み長時間労働が問題となる中、働き方を見直し生産性を高める改革、労働関連の法律改正が平成31年4月に施行された。

関連法施行され1年が経った。いろんな立場からそれぞれの論評があったが、作家・山本一力氏がジイの心に残った。

*「規範示さぬ「机上の空論」だ・・・作家・山本一力

「働き方改革」なんて御大層な名前を付けているけれど、法律で労働時間を制限したり休暇をとらせたり、お上が強制しようなんていかにも役人が考えそうなお節介ではないか。

私が小説に書いてきた江戸時代は、「職業」というものが一般的に社会通念としてはぐくまれていった時代で、例えば御店奉公の丁稚小僧は無給だけど、その代わり御店が読み書きそろばん、社会常識、商品知識をたたき込んでくれた。そこには、働くことに対しての規範が横たわっていた。

その規範とは、生きているうちは働けるだけ働いて、動けなくなったら土に還っていく、だから何をやっても働きなさい、ということ。立派な理念だと思う。「働き方」というものは言ってみれば方法論にすぎず、方法論はあくまで規範の下にくること。「働き方」なんてものは改革でも何でもない。

かつて、ゆとり教育でもお上は同じことをやって失敗したではないか。小学生の子供はまだ人間になりきっていないんだから、まずは徹底して規範を教え込んでやるべきだったのに、役人は、やり易いところから手をつけた。例えば、「3.14・・・」と小数点以下が永遠に続く円周率。手計算するときは「3」でいい、とやったが、それでは「3.14・・・」という数字が持つ深い意味が伝わらない。
私はそれを小学生で先生から教わった。これは割り切れない答えで、それでも一生懸命計算している人がいること。世の中には割り切れないことがあり、だからこそ、その解を求めに行くのだけれど、一生かけてもその解は出てこないということ。

働き方は仕事により千差万別。それを十把ひとからげに、「何時に上がりなさい」などと言えるのか。一生懸命働く規範なり理念なりを説いてうえで、「これぐらい休みをとらないと体はもたなくなりますよ」と指針を示すのはいい。それなら現場もその指針を自分たちに取り込み「じゃあ、うちは1日8時間では足りないから10時間にして、3日に1回は休みを取るか」とそれぞれ方法を選べる。
だが、現場も知らない役人が机上で考えた改革は、単なる大きなお世話だ。

と山本一力氏は熱弁をふるった。

役人の頭の中には中企業から大企業を頭に描いた施策だったのであろう。確かに企業規模が大きくなればなるほど、利益追求の中で社員は大きな歯車の一つとして、例え労働組合があろうとそう簡単に逆らうことは難しい。そこに政府がメスをいれることはそれなりに意味はあったと思うが。

しかし、山本氏のいうようにいろんな職業がある。あるいは生業と言われるように仕事が命を支えている。働くということは一生を全うすることだ。やはり一生にあたうる理念が必要ではないか。
「机上の空論」とまでは言わないが、パソコンと上質の紙の匂いだけでなく、働くという字のごとく、土の匂いも油も汗の匂いも頭に描きながら、仕事への愛情と敬意がなければならない。

ジイはそんな考え方が好きだ。

山本氏はS23年生まれ、新聞配達をしながら都立工業高校を卒業後、会社員を経て作家になった苦労人だ。
生きていくために働き、働くことを通じて学んだ人だ。働くこと=生きる。という理念だろう。

余談だが、論評の中に1つのカタカナ語もなかった。