教科書に思う

Vol.3-3.31-807     教科書に思う

2022.03.31

文科省が、令和5年度から使用される高校教科書の検定結果を公表した。

いつまでたっても目の覚めない日本である。

相も変わらず、「従軍慰安婦」「強制連行」という記述が残り、「北方領土」「竹島」が “ 固有の領土 ” と記載されない教科書がある。それも堂々と検定に通っている。日本人の温厚で親切な人柄は世界からも賞賛こそされ、嫌われるものではない。その日本人が日本を何とか悪者にしようとする。ジイはそこがどうしても理解できない。

教科書の内容その他は高度な教育を受けた学識者が検定する。そういう人の多くは東大を筆頭に高学歴者ばかりであろうと推測するが、その多くが教育を受ける過程で左傾化し官僚として政府の中枢に入っていく。

入省後は更に磨きをかけ、巧妙に左へ舵を切っていく。弁護士の大半が左になったのも、東大の宮澤俊義の血に今も染まっているということだろう。数年前物議を醸した日本学術会議も同じである。どうして彼らは日本を愛する心を持てないのであろうか。どう考えてもジイは理解できない。

明日の日本を担う高校生たちは我が子のようなものではないか。日本の歴史をどう教えるかは国家にとって重大事である。日本の悪さが真実であるならば致し方ない。しかし、彼らがいう日本の悪事と称するものは、日本の侵略であったり、韓国に対する「慰安婦」「徴用工」といった中国・韓国に対すものだけである。

さらに言えば、中国と韓国に対する戦時の話である。その被害?を受けたとされる韓国では特に、韓国人研究者が詳しく戦時の「慰安婦」「徴用工」「韓国併合」問題を自ら詳細なデータを基に書籍として出版している。

その内容を読めば、日本の学者とは真逆のことが書かれている。「強制的慰安婦も強制的徴用工もウソである」データを基に無かったと断言している。韓国併合も韓国の画期的発展に大いに貢献はすれど、一般的に言われる植民地政策とは否なるものであることを証明している。

日本を愛する者ならそのことを声を大にして言っても良さそうなものだが、洗脳の成果か、いまだに “ ご迷惑をおかけした ” との心情が染みついて言葉に出すことすらためらいがある。

お隣韓国を見よ。嘘で固められた「反日教科書」により、今の韓国人の若い人たちはほとんどが反日である。生まれた時から、大学卒業まで徹底した反日教育を受ければ、親日になるわけがない。

これだけ嫌っても、K-POPや韓国ドラマが日本人から熱狂的に支持を得ている。韓国人からすれば不思議であろう。

韓国人が真実を知る機会は、留学など長期間外国に滞在した時以外、真実にふれる機会はない。最近、歴史の真実を語る書籍が出るようになったが、まだまだ少数である。

今回のウクライナ戦争で、ゼレンスキー大統領の国家意識の高さに触発された日本の若者も多いのではないか。あの、橋下徹弁護士でさえ「命が第一、逃げろ」と降伏論をのべる始末だ。日本人とは天と地ほどの意識格差があることは事実であろう。

その、日本国家への希薄な愛情がさらに、教科書によって薄められていく。自国への主権・人権侵害に関する意識の低下。日本の領土が不法に占拠されている事実などは相当のページを割いて詳細に教える必要があるが極めて少ない。

拉致問題もしかりで、「北朝鮮の悪行を」ただ、北朝鮮との外交関係で『解決すべき課題がある』と触れるだけ。“ なんだこれ ” 日本政府よいい加減にしろといいたい。

国会答弁は、保守派と思われる萩生田大臣(当時)ですら「検定調査審議会が適正に行って判断したものと考えております」と木で鼻をくくったような答弁をするのみ。日本の歴史を正しく教えようという国家トップの熱きものが全く感じられない。

教育が最も大事だと思うが、ウクライナのように現実の生活の中に否応なく国家の厳しい現実に向き合いながら、主権や自由、領土の大切さを身を持って体得してきた違いは大きい。

平和は貴重である。しかし、日本が75年の長きにわたり、穏やかな平和を享受し災害以外の脅威を受けずに来た。その間、受けた教育というのは、自虐史観に彩られ、隣国からはその自虐をさらに強める嫌がらせを受け、戦争忌避感情が染みついた体質になってしまった。

戦争と聞くと、反射的に「絶対ダメ」が日本人の口癖である。そのお蔭で、憲法改正も、防衛議論も触れる事さえ回避し、精神回路が歪化したのが戦後75年だ。

いまだ、防衛費はGDP1%に縛られ身動きがとれない。隣国中国は日本の6倍の防衛予算で毎年増加している。

日本の教育行政を思う時、思い出すのがイギリスのサッチャー首相の教育改革だ。

1979年に成立したサッチャー保守党政権によって行われた教育改革は、日本と同じ自虐的だった偏向教育をやめ、宗教を中心とした教育でイギリス復活を試みた。

具体的には、歴史教育においてナポレオン戦争における功績や奴隷貿易廃止など、イギリスの歴史における光を学習することに重きがおかれた。これによって、自分の国を誇りに思う人が増えるようになったという。それまでは日本と同じ自虐史観のイギリスだったのだ。

日本に置き換えれば、インド、インドネシアなど東南アジア諸国の独立の手助けをしたことだ。あるいは韓国では逆評価だが、事実は韓国、台湾のインフラに多大な貢献をしたことだ、そのインフラも、崔三然氏に言わせれば、人間のインフラも入る。

教育が如何に大切か、韓国軍人・崔三然大佐は「日本の人間のインフラを称賛した」。韓国併合はそのインフラ整備が大きかったという。

欧米の人間教育は宗教にある。あの新渡戸稲造が「日本は宗教教育がなくてどう道徳を教えるのか?」、と問われてハタと考えたという。そしてよくよく考えれば、日本は「武士道」が道徳の基本になっていることに気づく。そこで、著したのがかの有名な「新渡戸稲造の武士道」である。

一躍アメリカでも有名になったそうだが、武士道は日常生活の中に生かされ体得した日本の作法の基本である。何においても教育は人間の基本である。それも幼少から青年期に身につけなければ血肉にならない。

平和は良い。しかし、平和ボケになってはならない。平時にあって危機に備える心構えをする。この訓練こそ日々の教育で養う以外ないではないか。

ウクライナ戦争は、平和な日本にも起こっても不思議ではないと感じさせた。遠い国の話で終わらせてはならない。多くの避難民を受け入れ、戦争の悲惨を分け合い励ましの手助けは平和ボケを無くす意味でも貴重な体験となる。

政府の教育に対する姿勢、特に教科書は近隣に過度の気遣いからそれこそ歴史を曲げてきたのではないか。出でよ日本のサッチャーである。

考えても考えても日本人の日本への愛情の希薄性は理解できない。教える教師が反日、大学教授が反日、教えられる教科書が反日で、どうして日本を愛する人間が生まれよう。

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Posted by 秀木石