絶対平和主義 VS 国際協調主義
Vol.3-6.5-873 絶対平和主義 VS 国際協調主義
2022.06.05
弁護士で元大阪市長、日本の論客・橋下徹氏が「ウクライナ降伏論」を主張したことに、東京外語大学大学院教授・篠田英朗氏が「お茶の間平和主義」と断じたことから二人のバトルが勃発した。
その内容は、橋下氏らしく「篠田は “ アホ ” 」「心底頭悪い」「頭がおかしくなった」という、いつもの橋下流で罵倒した。
その内容を基に、篠田氏の立ち位置で語ったのが月刊・Hanada7月号に掲載された。
ウクライナ侵攻が始まったのが2月24日
そこで橋下氏は
「いたずらに一般市民の犠牲を増やすことなく降伏する決断をすることがウクライナの政治家の責務である」と主張した。
それに対し篠田氏は
「橋本氏の主張は不適切かつ非現実的だ」と主張、さらに
「降伏が一般市民の生命を救う方法だという主張に裏付けはなく、降伏すれば粛清などの殺戮が始まることも当然予測しなければならない」と反論。
また、それに加え
「日本の特殊な1945年(敗戦)当時の歴史だけを振り回して他国の運命を云々する主張をするのは、あまりにも国際社会の原則と当該地域の事情を軽視したガラパゴスな態度だ」と断じたのだ。
この橋下氏らのような主張者は少なからずいる。彼らは、停戦を実現させていないアメリカや日本政府を非難し、そのような非難していない国際政治学者への糾弾も含んでいる。
篠田氏はそれを「日本社会に根強く浸透している絶対平和主義の価値観が、ウクライナにおける戦争で揺らいでいる。そのため、その価値観の信奉者が、状況に苛立っている」と分析した。
ところでその橋下氏の価値観の源泉だが、司法試験勉強中の予備校塾長・伊藤真氏にあるようだ。いわば橋下氏の師である。
篠田氏は橋下氏が伊藤氏の薫陶を受けた「妥結への固執」「国際法の蔑視」「日本史の絶対化」という視点で分析している。
その中で面白いのが「妥結」である。
『ひとつのケーキをふたりで分ける際にケーキを完全に真っ二つに割ることはできない。そこでふたりのうち、ケーキを切らなかった者から先に選ばせる。すなわちケーキを切った者が後から選ぶというプロセスにする。ふたりはこのケーキの分け方に納得する。』
これが「適切手続き」という考え方だ。なるほどなと思った。橋下氏もこの考えに、当時衝撃を受けたと語っている。ここから伊藤氏を信奉するようになったと思われる。
この「適切手続き」においては、公平に適用される普遍的な原則はない。
いずれにせよ橋下氏は弁護士である。ジイが知る限り、民事裁判はすべて話し合い、どこで妥協するかである。ロシアに勝てっこない戦争だ、とりあえず降伏し、後のことはどう妥結するか、「適切手続き」がここで適用されると考えたのだろう。
伊藤氏が、攻められたら必ず白旗をあげて降伏することを勧めるのは、戦うと「国民の被害が拡大する」と想定されるためである。ただ「私は、何もウクライナ国民に逃げろと強要したり説教しようとしているわけではありません」といいながら、ひたすら日本の太平洋戦争終結時のエピソードを語り、日本の歴史を教訓としてウクライナ人の進む道を示す。
橋下氏も伊藤氏と同じ世界観で同じように国際情勢を語るのだ。
篠田氏は、
「空想的な『妥結』を唱えるため、国際法を蔑視し、歪な日本史解釈だけを普遍的な絶対的教訓として振り回しても、国際社会では通用しない。もし日本政府が橋下氏の価値観を採用して国際社会で行動してしまえば、それは日本そのものがガラパゴス化し、国際社会での信頼を低下させることを意味する。
従来の『国際的な法の支配』を目指す日本政府の姿勢とも矛盾していかざるをえない。
“ 橋下主義か国際協調主義 ” か、意見は分かれるであろう。
ジイは篠田氏の考えに同調するものであるが、篠田氏と同じように、橋下氏もツイッターやテレビの言論だけでは物足りないであろう、自身の考えをつまびらかに月刊誌にでも寄稿されてはいかがと思うが。
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