愛してやまない大相撲に

スポーツ,日本,雑記

Vol.4-1.17-1099   愛してやまない大相撲に

2023.01.17

大相撲の危機と言われて久しい。

今場所は横綱・照ノ富士が休場し、横綱不在。さらに先場所大関・正代が負け越し関脇に転落した。従って大関在籍はこれまた1人である。

これこそが大相撲の危機と言わずしてなんであろう。

体格、経験共に申し分ない御嶽海、正代、高安トリオ、十分横綱を目指せる素質は持っていた。解説者も力説するように、残るは稽古量と強固な精神性の鍛練のみである。

つい先日、あるドキュメンタリー番組を見た。
「フラーとジョブズ」というものである。

発明家・バックミンスター・フラーとご存知、Macの創業者スティーブ・ジョブズをとりあげたドキュメンタリーであった。

かれらは共に子供のような好奇心のかたまりで、好きなものに徹底して取り組んだ男だ。自分の信じたものへの情熱に手加減はない。子供が何かに夢中になって時間を忘れるごとく遊ぶ姿に似ている。

フラーは若いときすべてに情熱を失いかけた時、自殺を考えた。いやまてよ、ぎりぎりのところで考えを改めた「そうだ、自分のためでなく人のために生涯を捧げようと決断する」彼のスケールは大きい。地球上に住むすべての人のためだ。

宇宙の一つである地球を、「宇宙船地球号」と名付け、人のために役立つ発明を次々と発明した。その多くは失敗に終わったが、三角を組み合わせた強固な枠で作り上げたドームは世界中に広がった。

彼は最後まで言い続けた、「子どもの気持ちに戻れ」と。

一方ジョブズは自らに求める高い要求を、同じように社員にも求めた。高いレベルの要求は熾烈をきわめ、その結果、自ら立ち上げたアップルを追われるという屈辱を味わう。

しかし、追われた後も情熱は消えず、フラーの言うように、好奇心は子供のように強かった。

一度は追い出されたアップルが業績不振に陥ったことで再びアップルに呼び戻された。そこで、開発した、iPod・ iPhone・ iPadという画期的商品でアップルの窮地を救った。

この二人に共通するのは、子供の心そのままに持ち続けた情熱である。

ジョブズはスタンフォード大学の卒業式に招かれ、こんな言葉を最後に贈った。
『Stay hungry. Stay foolish.』(ハングリーであれ、愚か者であれ)

大相撲に戻る。

大相撲は国技である。愚か者であってはならないが、相撲という職業はそう簡単になれるものではない。小さい頃、身体が大きいことでまわりから勧められて相撲取りになったこともあるかもしれないが、その昔、“ 巨人・大鵬・たまご焼き ” と言われたほど相撲人気は高かったが、彼らも、その相撲が好きで入ったのではないのか。今一番足らないものは、相撲への愛情と情熱である。

体は大きくなったが、相撲道と言われるように “ 道 ” を教えなくなったということもあるが、道を自らの相撲で示す日本人横綱の不在もあるかもしれない。

好きで入った相撲がさらに好きになるためには、知り得なかった相撲道や相撲の貴重な歴史を知ることである。その使命の高さに愛情が加味されて、魅力ある力士が育つのである。

相撲協会の責任でもあるし、各部屋の親方がただ勝つことだけでなく、相撲の道、魅力を教えなくてはならない。それが決定的に欠けているような気がする。

本来なら場所を引っ張らなければならい、正代や御嶽海に高安、精神的弱さは見ていて感じる。土俵への入場から仕切り、退場に至るまでの姿、形が神事を背負っている覚悟が感じられてこそ力士が美しく見える。

懸賞金をいただく時の手刀の切り方一つにとってもだ。

もちろん相撲のとり方にも及ぶことだ。張った蹴ったのまるでレスリングのような相撲に美しさと強さは感じられない。

今場所に至っては、たまたま、横綱不在で貴景勝一人に課せられた責任の重さからか、必死に戦う姿勢は買う。勝利を重ねるごとにその責任を果たせている自分を感じたのか、土俵に感謝をする仕草が少し見られるようになってきた。

いつもと違うと感じる礼の仕方。懸賞金を受け取る時にも「勝たせていただいたという感謝」が、手刀を切る姿に一瞬だが表れていた。一人大関の責任を果たしていることへの感謝だと思うが、「我、一人の力ではない “ 勝利 ” 」を感じているのではないだろうか。

協会の指導者不在、親方の不在、神事を兼ねる国技である。危機だけを叫ぶだけでなく、有識者を入れて、もう一度足元を見直す作業が必要ではないか。

それはさておき、群雄割拠の大相撲、後半戦の戦いと共に、どんな千秋楽を迎えるのか楽しみである。

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