こころ優しき棋界の “ 怪物 ”

日本,雑記

Vol.4-6.2.1124  こころ優しき棋界の “ 怪物 ”

2023-06-02

カンヌ映画祭で『最優秀脚本賞』とった“ 怪物 ” の話ではない。

5月31日と6月1日の2日間に渡って行われた第81期名人戦7番勝負の第5局で先手の渡辺名人に94手で勝ち7冠目のタイトル『名人』を獲得した。

小学校4年の時の「名人をこす」との夢をわずか10年で達成したのである。

この勝利で号外が出た。
出身地の愛知県瀬戸市の地元商店街ではくす玉が割られお祝いムードに包まれた。涙を流す人もいた。

勝者があれば必ず敗者が存在する。

『名人位』4連覇を目指すも敗れ去った渡辺明前名人は、名人位を失ったことには「こういう結果になるのは仕方がないかなと思う」と語った。

2004年に竜王戦で初タイトルを獲得後、無冠時代がなかったが、タイトルを手放すことになり、「この3年くらいのタイトル戦の戦いを見ていると、こういう結果になるのは当然というか力が足りなかった」(サンスポ)、と振り返った。

渡辺明前名人は、タイトル通算獲得数において、羽生善治、大山康晴、中原誠に次ぎ歴代4位で、現役最強の棋士である。その最強棋士に勝ったのだから藤井7冠は名実ともに現役最強棋士になったということだろう。

しかし本人は「まだ実感がないが、非常にうれしく思う。重みのあるタイトルにふさわしい将棋を指さねばと思う」と自然体である。

残る一冠、『王座』は永瀬拓矢九段が保持している。王座戦は挑戦権を16人で争うトーナメントに出場し勝ち抜く必要がある。さらに8冠達成への難関は、自らが保持している「棋聖」と「王位」の防衛を6月と7月の防衛戦で勝利しなくてはならない。かなりのハードスケジュールになる。

テレビのワイドショーも絶賛の嵐である。が、ちょっと間抜けなコメンテーターがいた。

『凄いことだと思うんだけど、何でこんなにいっぱいタイトルがあるんですかね、1つにした方が良いんじゃないかと思うけど、ちょっと考えた方が、、、』(テレビ朝日モーニングショー/長嶋一茂)

人物は嫌いじゃないが、将棋を知らない、棋士の世界を知らない能天気な人間、野球というスポーツと将棋とをごちゃ混ぜにし、訳の分からない自説を展開し出した時点で目出たい雰囲気は台無し。盛り上がったムードに水を差した。コメンテーターとして “ 祝事 ”  “ 事件 ”  等々今、何が求められているのかの判断ができない。どうでもいいことならまだしも、将棋界に止まらず、日本中が歓喜に酔っている快事である。ニュースコメンテーターとして勉強不足は否めない。知らないことへの謙虚さもない。まだ20歳、藤井7冠の自然な謙虚さを見習うべきだろう。

ところで号外が出るほどのニュース、全国紙の朝刊の一面を飾った。新聞記事を拾ってみる。

「400年を超える将棋『名人』の歴史に偉大な事績が刻まれた。・・・
藤井聡太棋聖が第81期名人戦七番勝負で渡辺明名人を破り、史上最年少の20歳10ヵ月で棋界最高峰の名人となった。

谷川浩司十七世名人が昭和58年に21歳2ヶ月で樹立した記録を、40年ぶりに塗り替える快挙だ。平成8年の羽生善治九段以来、史上2人目となる7冠も同時に達成した。

名人の重みは別格と言われる。他のタイトルは毎年、獲得のチャンスがあるのに対し、名人は挑戦に最短でも5年はかかる。

藤井棋聖にとっては、今期が最年少名人となる最初で最後の機会だったが、棋士10人で挑戦権を争うA級順位戦は、他に永瀬拓矢王座ら9人が顔をそろえる難関だった。・・・

人工知能(AI)搭載のソフトによる研究が主流となった将棋界だが、藤井新名人は「AIの示す手が唯一解ではない」「勝へのアプローチは一つではない」と述べている。ときに「AI」を超えとも評される差し手には、人間らしさには、人間らしさの証明である創造の領域を、AI任せにはしないという強い信念がうかがえる。

いつの時代も、人と人が全精力を傾けて戦う姿は見る者の心を揺さぶる。」(産経新聞)

日ごろ将棋になじみがない人のためにかネットに将棋界の説明があった。
◇将棋界
・プロの世界には、現役・引退あわせて230名を超える棋士いる
・棋士になるには、奨励会という棋士養成機関に入る
・奨励会には一定以下の年齢で、棋士の推薦を受けた人のみが受験できる
・奨励会は6級から三段まであり、成績によって、6級→5級・・・1級→初段→二段→三段と昇っていく
・三段になると、年に2回の三段リーグを行い、原則としてそこでの上位2名が四段となる。四段から正式な棋士となる
・棋士になると、各棋戦に出ることができる
・棋戦は8つのタイトル戦と7つの公式棋戦がある

一茂氏ではないが、タイトルが1つになったら、多くのプロ棋士は食うことすらできない。ましてや子供たちが夢を抱いて「ぼく、プロ棋士になる」と言ってもそう簡単に許してくれる親はいないであろう。食っていけるのはほんの一握り、厳しい世界である。

ところで、藤井新名人の言葉である。
名人はその分野に優れた人を示す言葉だが、
「自分がそういう位置に到達することができたとは現時点ではまだ思えない。ふさわしい将棋が指せるように今後より一層、頑張りたいという気持ちが一番強いです」。

今後、期待される史上初の8冠制覇について
「まだまだ遠いものかなと思っている。少しでもそこに近づけるように何とか頑張れたら」
と、どこまでも自然体だった。(サンスポ)

この謙虚で将棋に魅された優しい “ 怪物 ” は将棋を目指す子供たちに夢を与える存在であることは間違いない。

見た目にはまだ高校生のような初々しさを残す。頭の中は美しい将棋盤の上に描かれるまだ見た事のない見事なまでの美しい棋譜への夢が “ 怪物 ” を虜にしているのではないかと想像する。

ところがこの20歳の怪物くんは、作家・松浦寿輝との対談の中で、松浦氏の
「・・・一生将棋を指し続ける人生とはどんなものか、素朴な好奇心があります」との問いかけに
「プレーヤーの立場としては、将棋をどこまでも探究していく気持ちは変わらないと思います。一方で将棋界にどんなこどができるのか、今後考えていくべきだなと・・・」

 20歳とは思えない「遠謀深慮」、凄い大人である。

6月/棋聖戦、7月/王位戦の防衛、そして前人未到の8冠挑戦の「王座戦」9月まで今からドキドキである。

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Posted by 秀木石