日本語が亡びる時(1)

日本 雑記

Vol.1-5-2-109 日本語が亡びるとき(1)
2020.05.02

<日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で>(著者:水村美苗・ちくま文庫)

ジイはこの題名に引かれた。
英語が世界を席巻する中で果たして日本語は残れるのかという漠然として不安からこの本を手にした。若干紹介したい。

地球のありとあらゆるところで人は書いていた。・・・小説家の視点だ。

「金持ちの国でも貧乏でも、言論の自由を抑圧されながらも書いている事実がある。
人が書くと言う行動の中に、自分たちの国を思う心と深くつながっている。」

「ソビエトが崩壊した時。モンゴルは強制されていたロシア語を変えようという夢を持った。同じようにウクライナも禁じられていた母語が解放された。しかし、強制されていた間にロシア語を使う国民が半数以上になっていた。にもかかわらずウクライナ語を公用語に制定したのだ。」断ち切れない民族の血は言葉によって維持されたのだ。失った時、民族の亡びにつながるのだろう。

そういう中においても言葉には力の序列があるという。
「一番下には小さな部族しか流通しない言葉、その上は民族の中で通じる言葉、その上には国家の中で通じる言葉、さらにその上には広い地域にまたがった民族や国家の間で通じる言葉だ。」血が薄められていく段階が流通の拡大と比例すると理解できるが、普遍語はいずれ万国共通の血となりうるのであろうか。

「今、人々の交流がさかんになったことにより異変が起きている。」という。
地球上に7000あると言われる言葉があるが、その内8割以上が絶滅すると予測する。
「都市への集中や伝達手段の発達や国家の強制によって言葉はかつてない勢いで消えつつある。」
2つ目の異変は、世界全域で流通する言葉の集約だ。言うまでもなく「英語が、世界の普遍語になりつつある。」とする意見は今日の世界を俯瞰すればだれもが理解することだ。
現在ほとんどの学術論文は英語で発信される。このこと自体が現実を如実に示している。

日本は占領下に置かれて以来、表面上は英語づけである。街の至る所に英会話教室があふれ、映画のほとんどがハリウッド製、これからは小学校ですら英語を学ぶと言う時代、英語が世界共通語になるという未来に日本人はだれも疑問を持たないだろう。

この英語である。
「ほかの言葉を母語とする人間にとって学びやすい言葉ではない。
元はといえば、ゲルマン系の言葉とフランス語がまじりごちゃごちゃしている上に、文法も単純でなく、単語の数や慣用句も多い。おまけにスペアリングと発音は母語としない人にとって非常に難しい。」

「英語が普遍語になるということは。母語と英語の2つを必要とする機会が増えるということ。その状態が100年200年続いた場合。自分たちの母語を大切にする民族と悲しくも亡びる運命をたどる民族に分かれる。
言語学者にとって言葉は劣化するものではなく変化するだけ、「亡びる」のは聞き手が消えてしまう時だ。それは1つの文明が亡びると言うことにほかならない。」

作者はそのようなことを考えるにつけ「憂国の念」にかられる。
「小説家にとって小説は母語は切っても切り離せないつながりがある。他言語で書くこともできるが、必然はない。歴史的成り立ちからしても強い神秘的ともいえる特別な関係を持っている母語。自在にあやつれなければ、その言葉で優れた小説を書くことは困難である。」と母語であることの重要性を示した。

そこで問題になるのが、
「普遍と特殊という非対称的な関係である。
例えば近代に入って、西洋に流れる時間が普遍とされるようになり、日本はその流れに乗らなければならなかった。フランス語が普遍的価値であった時代、日本は必死に西洋に合わせた。逆に西洋は、極東の小さな島日本の時間に合わせる必要性もなかった。」
これが作者のいう非対称性だ。

「この非対称性の違いが、ハッキリ出てくる。
普遍的な時間を生きる人は声を上げて話せば世界全体に届く。しかし、特殊な時間に生きる(ex日本)人たちの声は届かない非対称的関係は、2つの言葉に生じる非対称な関係に還元できる。」

「この厳しい世界で生き抜く日本の条件。当時は必然的に2か国語を操る日本人が沢山いた。逆に普遍と特殊な関係において日本語を話す外国人などほとんどいなかったのである。
しかし、その厳しい条件下のヨーロッパはフランス語だけではなかった。ドイツ語、ロシア語、英語があった。この多様性が日本人に国語という観念を植え付けた。」
この時初めて日本に民族の血、歴史に切り離せない国語という感情が芽生えるのである。

「今日、英語が普遍語となる中でかつてのフランスは日本と同じ立場になりつつある。
「ロミオとジュリエット」「マクベス」「ベニスの商人」は知っていても「源氏物語」や「ラシーヌ(フランス)」を知る高校生が世界にどれだけいるかを想像しただけでもその違いは歴然としている。」

「この非対称性を意識すると、我々は言葉に関して思考する運命を強いられることになる。かつ、英語でもって理解できる真実が1つでないこともありうるということを知ることになる。」我々は英語で考え英語で反論できかつ真実を見極める能力が必要になると言うことだ。

興味深い話がある。
「日本の近代文学の存在が世界に知られたのは真珠湾攻撃を契機に、アメリカ軍が、敵を知るため日本語をできる人材を短期間で養成する必要に駆られたのが大きな要因とする。」

「頭脳優秀者が選ばれ徹底して日本語を学ばせた。その中に日本に帰化したドナルド・キーン氏もいたのだ。その人たちによる英訳は日本文学を世界に知らしめ、後の川端康成のノーベル文学賞につながっている。」
ここにも日本文学が世界で認知されるきっかけをつくったのが皮肉にも戦争であった。

「日本文学は世界に知られ、世界で一番権威のあるとされる百科事典「ブリタニカ」で日本文学を引くと
「質と量において日本文学は世界の主要な文学の1つである。その発展の仕方こそ大いに違ったが、歴史の長さ、豊かさ、量の多さにおいては、英文学に匹敵する。現存する作品は7世紀から現在までにある文学の伝統によって成り立ち、この間、文学作品が書かれなかったことはなかった。「暗黒の時代」は一度もない。・・・・・」しかも延々と16000語近くを占める項目である。(執筆者:ドナルド・キーン)(ちなみにモンゴル・リトアニアは文学は500語程度)」

「日本語を強制的に学ばされた人たちが訳してみたくなる近代文学が日本にあったということであり、さらに確かなのはそう思って世界を見渡せば日本のように早々とあれだけの規模の近代文学をもった国は非西洋の中では見当たらないということである。」

作者はそのような近代文学が存在したこと自体奇跡だという。
英語の世紀に入った今、日本語を考える時まずはそこから出発すべきではないかと確信したという。
(その1)