戦争の風化(戦後75年)

Vol.1-8.18-217  戦争の風化(戦後75年)
2020.08.18

戦後75年。終戦時10歳は現在85歳。2018年85歳以上の人口は約570万人だ。

10歳はほぼ小学校5年生。その頃になれば当時の思い出はかすかにある年齢ではないかと思われる。その人たちが毎年10%程度で亡くなる。と言うことは10年もすれば戦争を記憶している人はなくなるという計算になる。

戦争が風化するのは時代の流れとして当然のことかもしれない。これはどうすることもできない。しかし、戦争の風化を止める手立ては一つある。それは、国家が堂々とかつ厳粛に毎年8月15日、総理大臣が靖国神社へ参拝し、国家を救った英霊に最高の礼を尽くすことに尽きる。それ以外にないと断言できる。

その真摯で厳粛な国家の姿を見せることによって、全国民の中に人間が起こした国家的惨禍の、最大のものが戦争であるとの認識を醸成しながら継承していけるのでないか。

中・高の修学旅行、あるいは義務教育の一環として中学校3年間の内一度は靖国神社へ国の費用で参拝することも必要である。国家のために貴い命を捧げたことへの畏敬の念は、政教分離などと騒ぎ立てる前に人間としてのあるべき姿である。軍国主義でもなんでもない。

戦後から今日まで、日本は、反日リベラルの声の大きさに無用な委縮をしてきた。そのために国民に間違った認識を植え付けてしまった。政府こそ反省し、あるべき姿を、強いリーダシップで、国家を正しい方向に導いてほしい。

歴史は繰り返すと言う言葉がある。

ある苦しみを体験した時代の人間がこの世から姿を消すサイクルで、また新しい苦しみを背負うのが人間の生きてきた歴史のようだ。

ジイが心配するのは、我々団塊の世代は辛うじて戦争の匂いを嗅いだ世代だ。生まれた年には戦争は終わっていた。しかし、GHQの占領下であった。小学生の頃は町に出れば傷痍軍人が白装束に身を包み、歩道橋の踊り場などで募金など恵みを乞うていたことを思い出す。

戦後生まれは、日本の軍隊を知らない。自衛隊がその任務をになっているような感じを持っているだけだ。もっと若い世代になると、災害など緊急時の、特殊部隊程度の認識ではないか。

日本の長い平和の中で日本人は軍隊のない平和、自由と、経済の恩恵の中で何の苦もなく過ごしてきた。若者に「日本の防衛は?」と問うてまともに返答をできる人間はいるだろうか。

戦後75年は短いようで長い。沖縄の米軍基地問題も、竹島も、北方4島も切実に考える若い世代はもういない。

防衛は国家の最重要課題だ。
総理大臣は事あるごとに政府の使命は、「国民の安全と生命を守ること」と口癖のように言う。そのことを切実に考える国民はいるだろうか。

あるリベラルなジャーナリストが日本の防衛の脆弱性を問題にした時。「どこが攻めてくるの?」と笑みを浮かべながら、半分ふざけたような顔で答えていたが、ほとんどの若者はこのジャーナリストの異常性には気づかないだろう。

「こんなに平和なのに」と思うのも当然である。何がそうさせたのか、、、、防衛である。

日本の防衛はすべてと言っていいほど、アメリカ任せなのである。沖縄はある意味その防衛での被害者かもしれない。
米軍基地の90%以上が沖縄にある。沖縄県以外に住む日本人にその痛みを分かれと言っても無理である。軍隊も、防衛も、自衛隊も積極的に関与を避けてきた日本の異常な国策による。

見方を代えれば、未だGHQの洗脳解けずと言えるかもしれない。

幸いにも世界のリーダーとして君臨してきたアメリカと価値観を共有し、基地を提供することによって良好な関係を築いてきたからいいようなものであるが、万が一関係が悪化し、基地撤退ともなれば、一気に防衛は国家の一大事になる。

悲しいかな最も危険なのが、最も近い中国とロシア、北朝鮮と言うのも悲運である。今の状態から言えば韓国も入るであろう。正しく四面楚歌の日本となる。

その時、日本は同盟国をどこに求めるのであろうか。日本国の危機は一気に第二次世界大戦前夜よりも厳しい状況に置かれる。

日本は今、日本国を感じる心の拠り所は皇室と富士山ぐらいなものである。何故 “ 靖国神社 ” が抜け落ちているのであろう。

GHQの洗脳もあるが、日本政府の大きな失態である。
戦後25年間途切れることなく天皇陛下と総理大臣の靖国参拝は国家として当たり前に行われてきたのである。

ところが朝日新聞の「反靖国」の一大キャンペーンに目を付けた中国が外交問題にした。そのことをきっかけにして、総理の靖国参拝が途切れた。それ以来日本は強く出れば折れると言う日本の外交の脆弱性を中国は学習したのである。

朝日新聞は靖国の問題を「A級戦犯合祀、軍国主義の象徴、愛国心、国家神道」だとし、軍事大国を目指す兆しのような報道キャンペーンを張り、ついに中国を動かしたのである。

朝日新聞は何故、そんなに日本が嫌いなのか分からないが、ひょっとして、朝日新聞は朝鮮日報の日本支社ではないかと揶揄する向きもある。「朝」と「日」は朝鮮日報の略??、その通りである。決して軸足を日本に置いた新聞ではない。

何も恐れることはない。朝日新聞が焚きつけるまで何の問題もなかった靖国参拝である。
ジタバタするから足元を見られただけの話だ。

誰にも迷惑をかける話ではない。日本のために殉じた英霊の魂の鎮魂のためであり、何も戦争を美化するものでもない。中国でもアメリカでも「自国のために戦った戦士を弔うのは世界の常識ではないのですか」と中国に問えばいい。それをも容認できないような国家が果たして良識ある国家と言えるのか。そのことの方が問題である。

朝日新聞の売国奴的告げ口外交で日本はとんでもない国に成り下がった。以来、中国にははれ物をさわるような情けなさである。

戦争の風化を防ぐ手立ては、靖国神社に天皇陛下がお参りできるように、閣僚が国家の将来を背負って堂々と参拝すること以外にない。

毎年8月15日には、正々堂々、毅然と英霊への誠を捧げる姿を世界に見せる。
文句は中国しかいわないはずだが、中国が何か言えば、「貴方の国では英霊に御霊をささげないのですか?」と問えばいい。そして常に世界の平和維持のリーダーシップととっていけば、人権弾圧国家などの言い分が通るはずもない。

命をかけて国を守った英霊が眠る靖国神社を、命をかけて国家が守らずして、どうして戦争の風化など避けられよう。

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Posted by 秀木石