世の中の変遷

日本 雑記

Vol.1-8.24-223  世の中の変遷
2020.08.24

『紙の通帳 新規1100円』・・・みずほ銀行、デジタル化推進
とあった。

ついにきたか。という思いである。
(70歳未満の個人、企業、団体)と断ってある。
う~ん。ジイは対象外か。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか複雑な心境である。

むかし、むかしその昔、ジイも銀行にいたことがる。まだ、給料が現金で支給されているころだ。その後すぐに給料振込になったと記憶する。

新入行員の頃、給料を後ろのポケットに入れ、失くしたことがあった。幸い独身寮にいて食事は何とかなったが、先輩にお金を借りたような気がする。

それから4,5年の間にキャッシュカードなるものが一気に普及した。世の中に週休2日制が一般化したことも普及に拍車をかけてのではないか。

世の中の進化と共に銀行も様変わりした。
むかし、むかしの話、渉外の仕事は①普通預金の口座をつくっていただく。②当座預金の口座をつくっていただく③預金を集める③お金を借りていただく。が大まかな仕事だった。

普通預金口座を作れば、①給料が入る。年金が入る。②公共料金の支払いに使う。
当座預金を作って①小切手を使っていただき会社の運用口座となり資金を銀行に集中していただく。
そのようにメイン銀行としていただくことで資金を集めようとしたのである。

その資金の歩留まり分の幾らかを個人や企業に貸し出す。
定期預金は歩留まり率の高さから沢山の資金が貸せるため渉外係は懸命に定期預金を集めた。

今は様変わりだ。
普通預金は客側から依頼しても簡単には作れない。
当座預金なるものはほとんど使用されず、振込やネット決済で済ませるため、口座さえなくなりつつある。

預金金利も限りなく0に近い。貸し出す資金もとんでもない方法でとんでもないところから調達するため預金に頼ることもない。

個人も法人もネット社会の中に組み込まれ銀行へ行くのはジジババが主である。窓口も小さく区切られ個人対応で入出金以外の特殊なケースに限られる。
両替すらお金のいる時代になった。

ついにきたかというのが、「通帳のない時代」である。

今は昔、辛うじて70歳以上は「昭和の残留老人」として通帳は残していただいた。

通帳の廃止は一例だが、時代は当然の如く変遷する。当たり前のことだが“ 残留老人 ”からすると今んな世に一こと言ってみたくもなる。

日々の仕事がデジタル化された中で過ごされている方は、何の苦も無くデジタル変化に対応可能であろう。しかし、残留老人は土と太陽の自然の中で過ごしてきた年代である。

平成生まれのように、すでにデジタル化した社会の中で、当時からステイホームで成長してきた人間との違いは歴然とある。

すべてが、“ グローバル ”という、まるで天命かのような言葉に踊らされて、結果、目先の利益追求に、企業倫理は置き去りにされてきたように思う。

どの窓口も言葉は丁寧だが「我がルールに従え」的な心中が見え見えである。従わなければ客はクレーマーとなる。

ちょっと昔の、あるセブンイレブンのレジでの話である。
老人が商品の清算に割引券が必要だった。しかしなかなか見つからない。他の客は当然いらつく。その窓口の女性は「大丈夫落ち着いて探してください」とおばちゃんに優しく声をかけ、辛抱強く待ったのである。

やっとのことで見つかった割引券。「よかったですねぇ~」と共に喜びの声をかけた女性。

この話とデジタル化は関係ない。しかし、ここには、腰を据えて相手の立場にたつ確固たる姿勢がある。
企業の都合で変える事務の変更。辛抱強く、分かりやすく、丁寧に説明してこそ、客が客観的必要性を認識した時の信頼度、及び世間への波及効果は限りなく大きな広がりとなるであろう。

すべてデジタルで処理される莫大な時間の節約は、それなりの時間をかけた、丁寧なアナログの世界が必要である、と言うことを経営者は理解すべきではないか。

しかしそれもしばらくして「残留老人」がいなくなれば必要なくなる。

進化することだけがわが社の誇りであろうか。アナログの世界をないがしろにした社会はいつか大きな壁にぶつかるのではないか。大切なものを忘れてはいないか。

世界の最先端にいながらも日本ならではの生き方があってほしいと願うばかりだ。