密やかな結晶

日本,,雑記

Vol.1-10.5-265    密やかな結晶
2020.10.5

最近、通勤電車に乗らなくなって、めっきり小説を読まなくなった。

電車の中の30分は誰にも邪魔されず、読書に集中できる空間だった。高齢プータローになって長期ステーホームに入った。このままだと死ぬ。貧乏性のジジイは動いてないと落ち着かない性格、なかなか小説に向かえなかった。
久し振りに読んだ小説が「密やかな結晶」だ。

作家「小川洋子」を知ったのは「博士の愛した数式」がベストセラーになって、本屋さんでよく見かけるようになった5年ほど前からだ。

今年6月に英文学界で最高峰とされる「ブッカー賞」にノミネートされたとの新聞記事に興味を持ち、読んでみたいと秘かに思っていたがなかなか手が動かなかった。がついに果たした。

<小川氏の作品は>
平成3年・・・「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞
平成6年・・・「薬指の標本」フランスで映画化
平成11年・・「密やかな結晶」英ブッカー賞ノミネート(令和2)
平成15年・・「博士の愛した数式」がベストセラー

その他受賞作品もあるが、村上春樹氏と同様、海外人気が高い作家である。新聞で紹介された紙面の顔写真がまさしく「密やかな表情」であり、手にしたという次第だ。

読んだ感想は、最初、村上作品のような匂いを感じたが違った。今まで経験したことのない不思議な世界だ。ごく普通に思える生活が淡々と語られる中に存在する異質を、静謐さをもって上品に語られる。

文章の出だしである。
※この島から最初に消え去ったものは何だったのだろうと、時々わたしは考える。
「あなたが生まれるずっと昔、ここにはもっといろいろなものがあふれていたのよ。透き通ったものや、いい匂いのするものや、ひらひらしたものや、つやつやしたもの、・・・。とにかく、あなたが思いもつかないような、素敵なものたちよ」
子供の頃、そんな物語を母はよく話して聞かせてくれた。※

と始まる。

小さな島を舞台に展開される記録や記憶が消滅していく物語である。
島には絶対的権力を持った秘密警察なるものがいつも島じゅうを見張っていて、記憶を失くさない人間がいないかいつも目を光らせている。

人々は「記憶狩り」として恐れているが、ある日突然に家に乗り込んできて、古い記憶があれば一切を回収し抹殺する。物だけではない。人も連行されその行方はわからない。

怪奇映画のような血みどろのおどろおどろしさはない。秘密警察に踏み込まれた時の緊張感はあっても、すべてが終わった後にはみんなすぐにまた、元通りの毎日を取り戻す。何をなくしたのかさえ、もう思い出せない不思議な世界なのだ。

記憶は思い出でもある。
思い出がない世界なんて想像すらできないが、幻想的SFのようでもある。ジイの頭の中で現実とのリンクはおぼろげである。

もし自分に記憶と思い出がすっかり消えてしまったら、生きていく力の源泉はどこに求めればいいのか、すぐに思いつかない。
主人公は記憶も失い体も徐々に失い最後は静かに消えていくのである。

ジイにはまだ理解できていない。社会性を持っているのか、何かのメッセージが込められているのか。非日常を描いているにもかかわらず、生活は日常である。

考えても考えてもジイの頭で答えはでない。

まあ、いい。小川ワールドにもう一作浸ってみるか。との結論に至った次第だ。

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