歴史教科書

雑記

Vol.2-24-41 歴史教科書
2020.02.24

今から約20年前、「新しい歴史教科書」なるものが発行された。

もともと教科書を専門とする会社が数社あったが、保守系の有志が集まり、自虐史観があまりにも強い教科書で学んでいては、自国の歴史に誇りをもつどころか、誤った歴史観を植え付けてしまう。との危機感から「新しい歴史教科書をつくる会」が発足したと記憶している。

ジイもその趣旨に賛同し、心の中で応援をした。
初回検定はかなり厳しい状況で100か所以上の検定意見がつけれられ修正のうえ何とか検定を合格した。
しかしながら、学校現場での採択となるとかなり厳しかった。

どこの学校が検討していると言うだけで新聞に載ったような気がする。
たしか最初は2、3校でスタートしたように思う。

なぜ、こんなに少ないのかと疑問に思ったものだ。
一部の学校関係者からはやっと誇りに思える教科書が出たという、喜びの声もあったが、教育現場を変えるまでにはいたらなかった。

つくる会は何とか採択を増やそうと一つの手段に出た。
国民に新しい歴史教科書をつくる会の「新しい歴史教科書」を見てもらおうと市販に踏み切った。
一般書店で教科書が買えるという画期的な方法で国民に問うたのだ。

ジイも早速買った。

土曜日だったのだろうか、よく覚えてないが、かなりすいた電車だった。
買ったばかりの「新しい歴史教科書」を読んでいた時だ、めずらしく隣に座った学生から声をかけられた。

「それ、歴史教科書ですか?」
・・・・・「は、はあ、そうだよ」
「えっ、どうされたんですか?」
・・・・・「最近できた教科書で、書店で買えるんだよ」
「あ、そうですか」
で、話は終わった。

学生に声をかけられるなんて初めてだったので今も記憶に鮮明に残っている。
なぜ、そんな質問をしたのか聞くのを忘れたのが悔やまれる。

すべて、隅から隅まで読んだわけではなかったが、内容は決して偏りがあるとは思えなかった。
他の教科書を読んだことはなかったが、後日他の教科書との違いが、並列して新聞に載ったのを見たが、よほど新しい教科書の方が、ジイには好感がもてた。

しかし、あれから20年、つい先日の報道で、「新しい歴史教科書」不合格、欠陥多数。と第1面で報じられたではないか。
早速、つくる会は「初めに結論ありきの異常なもので、容認できない」と批判した。

詳細不明でわからないが、不合格になるほど何が変わったのか不明だが、文科省そのものが東大法学部や日教組の影響を受けているというのは何となくわかる。ただ、文科省は特に左派系が牛耳っているということだろう。
ことすべて体制への反対派というものは何事につけても執拗であり、ある意味熱心である。

現政権が保守ということは、国民が選択した結果だが、長期安定による安心から抗議の必要性を感じていないのが大多数の国民感覚ではないか。駅などで政治的ビラを熱心に配布しているのはほとんどが共産党系で何事につけても路線の違いから反対せざるを得ないのだろう。

「新しい歴史教科書」が出来た時、採択反対運動が大きく報道されることはあまりなかったように記憶するが、実際は「中核派」「現場教員」「革命的労働者協会」「共産主義者同盟戦旗派」等々、要は共産党系が強烈に採択阻止運動を展開した。

昨年あたりに出版された「日本国記」という百田尚樹氏の歴史本がベストセラーになったが、案の定左翼ジャーナリストから批判されている。

私は、歴史書としてこれほど面白く読んだ本は初めてだとの感想をもった。かつて渡部昇一氏が「歴史は虹を見るように」と示唆する発言があったが、随所に虹がかかっていたように思う。
日本に愛情がない人と、愛情を持った人が書く日本は自ずから違うと実感する。

もしあなたが、大好きなスターの評伝が同時に2冊発行されてたとして、1冊は事実を丹念に書き綴った詳細なもの、もう1冊はいろんなエピソードを入れた愛情あふれる評伝だったとする。あなたはどちらを選びますか?ということだ。

日本を愛さなくして、どんな歴史を書くというのだろう。歴史の真実は立場の違いで極端に変わるケースがある。
重箱の隅をつつくように真実だけを事細かに書き並べるより、事実から逸脱しない範囲で、歴史が伝えようとした本質を、愛情を持って書ける方がよほどよいとジイは思うが、どうじゃろか。