バカ言ってんじゃないよ! JR東日本

日本,雑記

Vol.3-8.1-930   バカ言ってんじゃないよ!JR東日本

2022.08.01

駅の時計が  “ 必要か ”  “ 不要か ”

バカ言ってんじゃないよ、そもそもJRは何のためにあるのか。
電車で行こうか、バスでいこうか、いやマイカーにしようか、、、いやダメだ万が一渋滞に巻き込まれたら、事故でもあったら、、、やっぱりJRにしよう。となる。

今日は絶対遅れることができない。世界一正確な運行を誇るJRという安心感で特段の信用を築いてきたのが日本の鉄道である。

4、5年前、日本の鉄道会社「つくばエクスプレス」が、時刻表よりも約20秒早く電車が出発したことで謝罪したことがあった。「え?たった20秒で謝罪?」と海外で大きな話題になったことがあった。これは日本の鉄道の信頼性をさらに上げた一例である。

さすが時間に正確な日本ならではの事件?であった。ことそのように、駅は時間と密接な関係がある。駅の時計をみて腕時計の誤差を見る。絶対的信用の上にJRの時計はあるのだ。JR駅に時計がなければただの「電車乗り場」、駅ではない。

「上野駅」と聞けば、仏様の白毫(びゃくごう)のように駅のど真ん中にある時計を思い出す。

駅は正確な時刻の象徴である。駅にある時計は只の時計ではない。仏の眉間にある白毫と同じく、「時間は大丈夫ですか?乗り遅れないようにね」と駅員に成り代わり問いかけているのである。駅と時計は一体であり切り離すことはできない。それを分からずして誇り高き「日本の駅員」というなかれだ。

駅はただ乗り降りするだけの場所ではない。多くの人間ドラマの中心にある。駅関連の歌は数えきれない。

♭~上野発の夜行列車 降りた時から~あおもり駅は雪のなか~♯(津軽海峡冬景色)

♭~ホームの時計を 見つめていたら 母の笑顔になってきた~♯(ああ上野駅)

♭~つらいホームに来は来たが 未練心につまづいて落とす涙の哀愁列車~♯(哀愁列車)

♭~さらばと告げて 手を振る君は 赤いランプの 終列車~♯(赤いランプの終列車)

昭和歌謡ばかりで申し訳ないが、駅は常に愛のドラマの中心地なのである。

多くの人の思い出に、駅に掲げられた時計を見つめ、今か今かと来る人を待つ。時計の針の動くことの遅さよ、、、今にも泣きださんばかりに必ず来ると愛する人を待つのも、自分の携帯ではない、見つめる先にあるのは、もう一人の信用置ける分身、駅の時計である。

ああ、何という情緒知らずのJR職員であろうか。だから駅が駅としての魅力を少しずつ欠いて行くのだ。

札幌時計台の時計は時間を見るためだけのものか、JR東の論理で行けば時計台は不要となる。

現実の問題は、4億円の経費節減だという、本当に無駄だと思うのか。他に無駄はないのか?お客様を正確かつ安全に運ぶことにプラス、愛されると言う視点も忘れず、真剣かつ徹底的に考えた末の結論が、駅の時計は不要となったのか。

年間4億円という。JR東管内1667駅のうち、500の駅の時計を外すという。
4億円は大きい。しかし1667駅、一駅に換算すれば年238,500円の経費だ、月19,800円、「1日660円で利用者の心に寄り添える」そんな発想はないのか。経費削減だけに目が行き、駅の象徴さえ消そうという。何という無味乾燥、情緒知らずの職員であることよ。

大月市議会は今年2月、「不便さだけでなく、いい得ぬ喪失感を覚える」として、時計の再設置を求める決議を可決した。よくぞ言ったと褒めたい。

時計の撤去について、JR東は「今後も継続的かつ安全に鉄道を運行していくため」と説明したというが、君はロボットか。

コスト削減は企業として当たり前のことだ。しかし、自社の立場だけに執着することなかれ、誰に儲けさせていただいているか、その立場に立つ視点を欠けば大きな落とし穴がある。

世の中、ITだ、デジタルだとしてすべて簡単便利が優先するが、利用者の立場に立った視点はあるのか。医療分野などで多くの救われる人もある、無駄な時間のカットも大きい、しかしカットされた多くの人間へのフォローもカットされた。

JR東日本は、忘れてはならない大事な “ 心の問題  ” を投げかけたのだ。

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Posted by 秀木石