あるウイグル女性の死
Vol.2-3.21-432 あるウイグル女性の死
2021.3.21
あるウイグル女性の死がウイグル社会に衝撃を与えている。という新聞記事が目に留まった。
奥原慎平氏の報告によれば、
ウイグル人ミヒライさんは上海交通大学を卒業し、東大大学院などで勉強しながら将来の夢は、故郷に帰り「こどもたちにウイグル語を教えること」と語ったそうだ。
その日本で勉強するミヒライさんの元にある知らせが届く。
「父親ら複数の親族が収監された」という衝撃的なものだった。今まさに世界から批判の的となっているウイグル自治区の弾圧と虐待が頭をよぎった。
ミヒライさんは食事もとれないほど落ち込み、悩みに悩んだ末に帰国する決意を固める。
海外で暮らすウイグル人が自治区に戻ればスパイ行為を疑われ間違いなく収容所に送られる。ここ数年、日本から自治区に戻ったウイグル人は皆無である。
それも、そのはずほぼ確実な情報のすべてが、収容所送り、洗脳教育、弾圧、性暴力、拷問等々人間が思いつくすべてが排除されない悪行のオンパレードである。
そこへ戻るというのである。
「お父さんを探したい。お父さんは私たちを育てて今まで苦労してきたのに、私が何もできずに日本で待つことはできない。お父さんのために死んでもいいから何かやりたい」
「あなたが帰ったら絶対にどこかに連れて行かれるよ。」友人の一時間に及ぶ説得も彼女に翻意をうながすことはできなかった。
彼女にとって父親に会うことは死を賭すに値する大事なことなのである。ここで、躊躇したら生涯悔やむと彼女は覚悟を決めたのだ。
彼女は置手紙を残して空港へ向かった。、、、1年半の音信不通、、、
2020年12月24日ミヒライさんの訃報が欧州に亡命した親族から入った。
友人はあの時何故止められなかったのか悔やんだ。
残酷だが自責の念にかられることはない。とジイは思う。行けば確実に死ぬ。だからこそ1時間も彼女は引き留めようとしたのである。死を覚悟した彼女の前でどんな言葉も無力である。
この一事を見ても、中国共産党の残酷性が浮き上がる。
どう見ても、彼女が死ななければならない理由などない。
「将来の夢はウイグルに戻って子供たちにウイグル語を教えたい」こんな純粋な女性をいとも簡単に虐殺してしまう中国共産党など、この世に存在していいのか。
どこの国がこの中国共産党のやり方を肯定できるというのか。
3月18日アラスカ・アンカレジで、アメリカ・ブリケン国務長官とサリバン大統領補佐官に対し中国は揚潔箎共産党政治局員と王毅外相との会談が行われた。その初日、思いもよらない批判の応酬になった。
ブリケン氏が冒頭から、新疆ウイグル自治区の人権侵害や香港での民主弾圧、台湾情勢の危惧を提起すると、揚潔箎共産党政治局員は異例の20分に及ぶ反論に転じた。
そこで「米国には米国の、中国には中国の様式の民主主義がある」と啖呵を切った。
中国様式の民主主義?開いた口が塞がらないとはこのことだ。
中国共産党員だけに通用する民主主義である。
共産党の意に沿わなければ、容赦なく抹殺する。ある日突然に拘束され、行方知らずになり、挙句の果て、収容所での死を伝えられることが中国共産党のいう民主主義である。
よくも世界に向け、それも堂々と民主主義を口走るなど笑止千万である。
中国共産党の意向に添わない者は人間としてみなされないのが、中国の民主主義である。このやり方に賛同するとすれば、バイデン氏に人殺しと認定されたロシアプーチン政権だけであろう。
この国を野放図にしたのは誰であるか。
アメリカを中心とする自由陣営の怠慢である。あまりにも無防備であった。人口は世界一だが、経済は2流、GNPからすればまだ発展途上国などという中国の偽善にだまされ、注意を怠ったのが今の結果である。
その責任は自由主義陣営にあり、相応の覚悟をもって対峙しなければ中国の暴走を止めることはできない。侮ることなかれ、中国とロシアが同じ価値観で手を結ぶことは容易に推測できる。
北朝鮮をジャブに使う可能性も否定できない。
ウイグル人女性の覚悟の死は、我々自由陣営に何を訴えかけたかを知るべきである。
彼女は、自由民主主義の牙城を命をかけて守ることを身を持って示したのだ。
世界のリーダーたちよ、彼女の覚悟の死を無駄にしてはならない。
10年前、アラブの春の引き金となった若き青年の抗議の焼身自殺もそうだ。いつの時代も若い命の犠牲が世界の発火点となった。
今こそ、怯んではならない。
アメリカ、日本、自由主義を国の旗印とする欧州よ、団結して「凶器を手にした猛獣」に立ち向かう時がきたのだ。