“ おしん ” は永遠なり
Vol.2-4.27-469 “ おしん ” は永遠なり
2021.4.27
橋田壽賀子さんが亡くなられた。
ご存知のとおり「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」など、数多くのテレビドラマを手がけ、文化勲章を受章した脚本家だ。95歳であった。
その追悼番組で「おしん」の総集編を見た。
最初から涙である。最近のジイは人の泪を見て涙し、悲しい場面をみて涙し、優しい言葉にも涙が出る。
長い間涙することがなかったが、一生の内に出す涙の量のつじつまを合わせるかのように最近はすぐに涙が出る。
「おしん」は明治から昭和にかけて力強く生きる女性を描いている。
舞台は東北・山形。
橋田氏は『モデルはいない。いるとすれば、それは苦難の時代を生き抜いてきた全ての日本人女性です』と語っている。
当時は、苦労を苦労とも思わずひたすら生きた時代だったのだろう。ジイの子供時代を振り返ってもそんな感じがする。
ジイが大人になってからだ、母親から聞いた話がある。
おしんが子供をおぶって学校にいくシーンがあるが、その場面を見ると母から聞いた話が現実として蘇る。
ドラマで描かれていた「子守奉公」というのが昔はあった。我が母はその子守奉公を経験している。子供が泣くと教室の外に出されたという。
母は、「私が学校にまともに行っていたら婦人会長でも女学校の校長でもなっていたわい」と笑い飛ばしていたことを思い出す。
おしんというネーミングの由来は「信じる、信念、心、辛抱、芯、新、真」などの「しん」とされており、「日本人は豊かになったが、それと引き換えに様々な『しん』を忘れてしまったのではないかと思って名付けた」と橋田は述べている。
橋田氏のいろんな思いが詰まったドラマであったが、大正、昭和の激動を生きた人たちがまだまだ健在だった頃の放送である。平均視聴率は52.6%、最高視聴率62.9%。テレビドラマの最高視聴率記録という今では考えられないような視聴率であった。
このドラマは日本国内だけに止まらず、イランやエジプトの国営テレビでも放送され、ほとんどの国民が視聴したと言われるほど人気を呼んだ。
その面白いエピソードがある。
◆エジプトでは1993年に放映された。カイロでは、『おしん』放映時間に停電が発生、放送を観られないことに怒った視聴者が電力会社やテレビ局に大挙押し掛ける騒動が発生した。
◆イラン国営テレビでの放映されたが最高視聴率90%超を記録する人気となった。日本人旅行者がイラン国内で銃を突きつけられ、スパイ容疑で尋問された際に司令官がおしんファンで難を逃れた等の逸話もある。
◆ジャマイカでは、おしんブームが到来し、男女に限らず、名前に「オシン」をつけるのが流行した。
◆ベルギーでは、修道院の尼僧が『おしん』を見るためにお祈りの時間を変更した。
など、面白いエピソードが数多くある。
そんな凄いドラマであるが、もう一つ橋田氏が込めたメッセージが反戦への強い思いである。
反戦への思いはどこから来たのかと探ってみたが決定的なものはなかった。TBSに集中していることを思うと、頑固オヤジに形容される強い個性と一般的な左派思想の持ち主だったのかもしれない。
おしんの中にも所どころに反戦メッセージが込められている。
反戦ドラマの中にでる軍人は必ずと言っていいほど、強権的、暴力的、人権無視も甚だしく描かれる。そこには「戦争=悪」「軍人=人殺し」としての一面しか描かれない。
ドラマの中でも息子の戦死は自分が戦争に協力したために息子を殺したと父親が自決する場面がある。
無事帰って来た息子を迎える家族の喜びとは逆に、死ねなかった自分の悔しさを露わにする息子の姿が描かれる。今の若者には理解できない心情である。
心底には戦争の悲惨・残酷、国家への怒りである。
戦争とは残酷で、悲惨で狂気に満ち満ちているのは事実ではある。しかし戦争の時代を生きた日本人だけが残酷であるはずはない。戦争は個人の喧嘩ではない。国と国との闘いである。戦闘員が殺し合うのに平常心で人が人を殺せるわけがない。軍人という役割を与えられ、狂気の精神に自らを高めずしてどうして戦争で人を殺せるであろうか。軍隊とはそういうところである。
故に、鍛えられた軍人同士が戦うのが戦争であって、民間人を殺せば戦争犯罪として裁かれる。終戦間近、市街地に無差別に爆弾を落とした米軍は戦争犯罪を犯したのである。
“ おしん ” から戦争の話になってしまった。
“ おしん ” は今の時代であれば、どんな生き方をしたであろうか。
世界を平和に導く、国連事務総長あたりがいいかもしれない。
そう言えばジイは、世界初の女性・国連事務総長を目指す小さな巨人と知り合いである。