1ミリでも遠くに

オリンピック スポーツ 日本 雑記

Vol.2-8.31-595   1ミリでも遠くに
2021.8.31

パラリンピックが始まってもう一週間が過ぎた。

金3、銀4、銅9というメダル獲得だ。凄いとは思うが、パラリンピックだけはメダル獲得数が一向に気にならない。

日本で開かれて初めてじっくり見る機会が多くなった。正直言って過去のパラリンピックはそれほど見たことがなかった。

競泳を見た時驚いた。両足、片手がない。えッと思った。これで泳げるの?とまずはびっくりした。どうするかと思いきや、足に障害がある人は最初から水に入る、そうかそうしないととび込めない。そんなところから驚きだ。

両手両足なくてどう泳ぐのか、、、頭でタッチして起用にターン、水中カメラから泳ぎが映し出された時はもう感動である。泳ぐだけで金メダルを上げたくなる。

必死で水をかく短い手と、ほんの少しの足を必死で動かしながら競技する。ただ泳ぐだけではない一秒でも早く、そしてがむしゃらにメダルを取りに行こうとする気概。健常者の五輪と何ら変わらない。

しかし、健常者と違うのは、闘いの後のがんばりきったさわやかな笑顔とやりきった満足感だ。

そこには共に闘った自らの肉体への感謝、サポートしてくれた関係者へお礼など、過酷な日々を乗り切ることができた喜びではないだろうか。

トライアスロンの谷真海選手もそうだ。
「この場にたてて、幸せな気持ちだった。感謝の気持ちを見せたかった」米国選手に抜かれ、「これじゃだめ」「日本なので粘る力をもらった」と力走。しかし10位。「メダルには縁がなかったけど、ここまでの経験がそれ以上の宝物。充実感でいっぱいです」と万感の思いが込み上げた。

女子走り幅跳びで6位に入った中西麻耶選手。
6回のチャンスの最終回。助走から踏み切り、両手両足を大きく振って跳んだその瞬間の写真が新聞に切り取られている。

『両手で風を切り、胸を思いっきり天に突き出し、強く結んだ口から首への筋は、どうだ!!と言わんばかりに誇らしげだ。力強く蹴り上げた足はこれ以上上がらない程に力強い。義足は「1ミリでも前に跳びたい」という中西選手の要望に応え、精いっぱい跳ねている。』全ての思いが見事に写真に表われている。

この跳躍が苦しかった14年の集大成だ。そういっているようにもみえる。

義足の調整は。0.1mm単位の職人技だという。
中西選手は「最高でした。これ以上の義足は世界のどこを探してもない」と感謝を込めた。

そこには健常者とは違う闘いのドラマが隠されている。

心温まるエピソードもあった。

大会スタッフを務めたストイコビッチ河島ティヤナさんが、バスを乗り違えたジャマイカ選手が困っている姿を見て、タクシー代を渡して、国立競技場へ急ぐようアドバイスした。

その結果、余裕をもって試合に臨め、彼は金メダルを取ったのだ。

この臨機応変な誘導に感謝、ジャマイカ大使館で感謝イベントを行ったと言う。
本人のパーチメント選手の「もう一度ありがとうと言いたい。私を助けてくれてありがとう」と感謝の言葉を繰り返すビデオメッセージが流された。

彼女は「自分にできることをしただけ」と謙虚に語ったが、感謝され「すごくうれしい、胸がいっぱいです」と言葉をつまらせた。

こんなシーンが世界に発信される。この一事を見ただけでも世界大会をやった意義がある。

パラリンピックも後6日で終わる。まだまだいろんな感動シーンが見られることだろう。どんな境遇であれ、みんな必死で生きている。人間って凄いなと思う。